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2012年3月31日 (土)

いよいよ新年度のスタートっす

先日の第1回執行委員会は、たくさん仲間が集まったかな?

青年部がこれから取り組む課題としては、4・5月の春の拡大月間、その前に5月1日のメーデーに向けて、各支部青年部のデコレーション製作もスタートしているねぇ。

って、いうか、この間、本部の青年部大会を前後して、各支部の青年部大会も開催されてきました。

執行委員会で報告してもらったかな?他支部の活動に学ぶ・・・これも本部の会議の目的ですよねぇ。

Report_90

ってなわけで、写真は葛飾支部の大会の様子・・・看板がカッコイイっす。

葛飾の山屋書記(本部青年部活動推進小委員)は、府中国立支部の青年部大会にもいってるんだね。

Report_84

看板は執行委員会になってるけど、府中国立の大会の様子。

この2枚の写真は葛飾のHPちーむかつしかせいねんぶからいただきました。スイマセン。

中野支部のブログは、仲間たちの写真がいっぱいっす。

しっかり、タツくんもいるではないか、エライ×2・・・って当たり前か。

中野では、実穂ちゃんと横田くんが卒業・・・。

杉並支部では、恒平くんと佐藤正明くんが青年部を卒業。

目黒支部では、ゆうたくんと風間くん、西多摩支部では藤原くん・・・まずは、みんなが青年部でがんばってくれたことに感謝します。

ホントにありがとう。

みんな、30歳で卒業してしまう。

それが青年部。

だから、常に仲間を増やさなきゃダメ。

今、集まってる仲間が充実してても、年齢層はどうなの?

みんなそろって卒業すると青年部がなくなっちゃうこともある。

民がいつも言うのは、青年部にも‘厚みをもつ’こと。

ひとつは、年齢層の厚み・・・18歳から30歳。でも10歳代から20代前半、20歳代半ば、20歳代後半・・・それぞれに現場での経験も技術・技能のレベルも違う。

20歳代後半になれば、いやでも自分が建設産業でやっていけるか、を考える。

そもそも18~30歳で12年だから、昔の学習机のCMじゃないけど、6・3・3で12年。

小・中・高と同じ年代の差があるんだよ。

だから、青年部にも‘厚み’が必要なのです。

これを履き違えて、みんな卒業してしまわぬよう、30歳過ぎても‘青年部に残る’ってのもあるようですが、これはそもそも間違いです。

卒業は分かってること。その前に、下の年代の仲間を増やす、そして、引き継ぐ。

このことができてこなかった年代がある。

って、いうか、青年部の活動そのもの、青年部出身の役員がいない支部がある。

だから、支部でも分会でも‘人づくり=役員づくり’ができないんだと思う。

年代の厚みと同時に職種の厚みも必要です。

大工さんだけでは住宅は完成しない。

いろんな職種の仲間を青年部に集める。

近い将来、自分自身で仕事を請けたとき、相談されたとき、自分ができなくても仲間がいれば、なんでも対応できるでしょ。

さあ、いよいよ4月。

新年度のスタートっす。

まずは、メーデーのデコ、そして春の拡大月間で「年代と職種の両面」から仲間を増やそうね。

最後に・・・青年部を卒業した仲間は、支部・分会が待ってます。

まずは、分会の後継者対策部長ってのもいいかと思いますよ。

本部で5月20日(日)に学習会やります!

青年部を卒業した仲間がエントリーするのを待ってます。

2012年3月30日 (金)

泉南アスベスト第2陣の勝利判決を力に

Image297
昨年、大阪泉南アスベスト訴訟の大阪高裁の控訴審判決は・・・「化学物質の危険性の懸念から製造加工を禁じれば、産業社会の発展を阻害しかねない」との不当判決を下した。

要するに社会の発展のためには人の命や健康は犠牲になっても仕方がないというのだ。

この大阪高裁での不当判決後、今度はどんな判決が出されるのか・・・泉南アスベストの第2陣の大阪地裁判決言い渡しが3月28日にありました。

判決は、労働者の健康を守るために規制権限を行使しなかった(アスベストが健康に障害を与えると分かっていながら国が法律などによって規制をしなかった=規制する権限があるのに行わなかった)として国の責任を認めました。

「産業発展の観点からは権限不行使が許される」などとして国の責任を問題なし、とした昨年の大阪高裁の判決を否定する勝利判決・・・本当によかった。

この間、国の規制権限をめぐる国賠訴訟の判決は、2004年の筑豊じん肺訴訟や水俣病関西訴訟の最高裁判決が「適時かつ適切に行使すべきだ=(国は)放置することなく、しっかり規制しなければいけない」という基準を示してきました。

泉南アスベスト訴訟第1陣の地裁判決もこの最高裁判所の判断にそって、国の責任を認めています。

しかし、しつこいようですが、昨年の大阪高裁の判決は、「化学物質の危険性の懸念から製造加工を禁じれば、産業社会の発展を阻害しかねない」・・・人の命と健康をなんだと思っているんだ!

そして、この第2陣で大阪地裁は再び、「経済発展を優先すべきだとの理由で労働者の健康をないがしろにすることはできない」と国の責任を認めました。

泉南はアスベスト製造工場で働く労働者の裁判ですが、首都圏建設アスベスト訴訟は、アスベストを使った建材等によって健康被害を被った建設の仲間の裁判です。

首都圏建設アスベスト訴訟の横浜地裁の判決が5月25日、東京地裁の結審が4月25日で判決の言い渡し日ももうすぐ決まります。

泉南アスベスト訴訟第2陣の勝利判決も力に、首都圏建設アスベスト訴訟はいよいよ大山場です。

2012年3月29日 (木)

歓送迎会の翌日は・・・

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ペーテツのデビュー戦の日の夕方からは、新宿区内のホテルに会場を移して、新旧役員の歓送迎会が開催されました。

鉄平くんは巻田委員長から冒頭のあいさつで・・・「元気があってよかった」ってほめられてましたよ。

写真は新役員のあいさつで「江東支部出身の・・・鉄平っす」のシーン。

私たちは、その他大勢なので後ろの方の席・・・写真ボケるぅ(-_-メ)

このあと、よせばいいのに、後継者対策部から仕事対策への昇進?された豊くんと新部長のタカちゃん、そして、宮田副委員長と居酒屋へ。

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お酒の飲み方がキレイじゃない・・ん?ストレートにいえば、たくさん飲むと酒癖の悪いお二人ですが、おいしい、焼酎をいただきました。

ボトルを入れろって、しかも、芋と麦って・・・キープして、また来るのか!?

一方、その翌日は・・・かねてから予定していた長男の河口湖でのスプリングキャンプのお手伝い。

運転は大丈夫かと自問自答しつつ、行ってまいりました。

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富士山がとってもキレイ・・・1990年代は青年部の活動者会議を開催していた富士緑の休暇村に人工芝のグラウンドがオープン。

しかも、大きく2面・・・細かく5面ある。

そのこけら落とし、って感じでジュニアユースのスプリングキャンプが二泊三日で行われていて、そのお手伝いってことで出張ってきました。

富士緑の休暇村・・・ここには書けない様々な思い出があるわ。

杉並支部の担当書記だった時代。全ての支部に青年部が確立されていない創設期。

支部から十数人の部員とともに参加。

会議だけでなく、夜な夜な・・・豊くんも含めて、何してたのかは言えません。

まあ、いろんなとこから強いチームが参加してるようで、おもしろかったです。

それにしても、顧問の先生は大変です。

よくもまあ、起らずに子どもたちを指導してるよ。ホントに感謝っす。

私なら小学生のチームと同様に常に大きな声で怒鳴ってます。

んで、試合の合間に先生も含めてミニゲームっす。

楽しそう、トレシュー持っていけばよかったとひたすら後悔。

カメラ片手に写真を撮りながら、ビデオカメラも回していると・・・ニヤニヤしたのが寄ってきて、おもしろいことでも言うのかと思ったけど、そうでもなかったっす。

「you-tubeにアップしてやる」って言ったので、まあ、見てやってください。

面白くないけど。

2012年3月28日 (水)

はじめての四役会議…

今夜、いょいょ2012年度の新メンバーで最初の“四役会議”です

ホントは最初にガイダンスやオリエンテーションを入れて、意思統一が出来たら良いのだけれど、『1日四役会議』は“第2回”になっちゃうんです ― これは青年部執行委員会との日程上、仕方がない事なんだけれど… 今週の金曜日が「第1回青年部執行委員会」(執行委員のみんなにはハガキが行ったかな?)なので、その議案のチェックが主な作業になりますねヽ(´▽`)/

◇春の拡大◇春の大運動(メーデー)◇サマキャン◇原水禁…6月には拡大執行委員会(1日開催会議)があるから、ある程度のスケジュールの進行も把握しないといけません「ヒャー」って感じです(lll゚Д゚)

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思っている以上に大変なんですね…四役の仕事って

それでも、決意をしてくれた大切な仲間です 書記としても力の入る加減が昨年とは違います 今年は入れ替えのあった四役体制…この、大切な“七人のサムライ”を絶対に孤立させてはなりません

2012年3月27日 (火)

ペーテツのデビュー戦…

ペーテツのデビュー戦…

↑北新宿の夕方ってこんな感じです(゜▽゜)/ なかなか趣があるでしょ

今日は本部で「常任中執」がありました。今年度の最初の常任です。
新青年部長のペーテツくんが、本部常任中執として初めて出席する会議でもあります今日の会議で今年度の本部役員の配置が決まりました(^O^)

新年度って…ユクヒトクルヒトあって「嬉しくもあり」また「淋しくもあり」悲喜こもごもっすょね長年、ホントに長年、我が後継者対策部の先頭に立って尽くしてくれた「良きオジキ」ジュタカさんが仕事対策部に移られました…たなが苦しい時に支えてくれた好漢の移動は(涙)的な要素もイナメマセン                                          「佐藤後継者対策部長、ホントにお疲れ様でした。お世話になった数々、言葉に出来ません。」〜ジュタカさんと歩いたニューヨーク&シスコ…飲み屋さん…全て忘れません!
_(._.)_

ペーテツとタッグを組む、ジュタカさんの後任は…なんと…あの!…タカチャンが厚生文化部から来てくれました ジュタカさんと遜色ない「想い溢れる」イー男です 今日のランチはこの4人でラーメン ジュタカさんの驕りでした。
さあ、新生後継者対策部!役員配置は万全っす。
民ちゃん&タカチャン&ペーテツの3人がいれば…担当書記がヘナチョコたなでも問題なぃょね!

新旧の飲み会(我が後継者の歓送迎会)は、たなが必ずクワダテまっから 乞うご期待

2012年3月26日 (月)

知らぬうちに辞令発令!?

月曜の朝、職場に到着すると・・・なんか、雰囲気が違う・・・Σ( ̄ロ ̄lll)

となりのデスクが、これまでの2年間ではじめて、表面が見える状態になってる。

その後ろの棚の上も、棚の上段も片付けられている・・・(゚0゚)

昨日の日曜日に片づけた?

なんで?

俺の知らないところで辞令発令か!?

まるで、3月の上旬に辞令が出されているものの、それをひた隠しにして、子どもたちの春休みに入るなり、身の回りの物を片づける教師みたい・・・(-ε-)

見たことないでしょ・・・それは3年前、PTAの役員になったとき、春休み中に何度も副校長先生のところに行って、入学式や新学期の日程のことを話し合ってたら、「副校長先生、異動になっちゃたねぇ~」って始業式にはいなかった モヒャ━━((゜Д゜Uu))━━!!!!!!

オイオイ、それとなく教えてくれたっていいじゃんヽ( )`ε´( )ノ

それはさておき、相棒・きよ氏さんはおよそ2年ぶりに机の上を片付けていました。

一週間前に定期大会が終わり、今日から新年度の会議がはじまりました。

午後には書記局会議があり、新年度の担当部署が決まる。

支部に行く人、支部から来る人もいる。

しかし、相棒・きよ氏さんは、異動なしです。

んな、ことはおよそ定期大会前から決まってること。

大どんでん返しもありません。

ただ、机の上を片付けた・・・いつもやらないことをやった、ってことか。

と、いうことで、民ときよ氏さんは今年度も後継者対策&青年部の担当です(正式には4月2日の中央執行委員会での確認だけど)。

民には、新たな任務がいくつかついていて・・・思いもよらなかった情報戦略事務局長、書記局教育政策検討委員?こんなんあったっけ?

組合員管理システム検討委員・・・って内局の役割ばっかだけど、情報戦略は予想外だったよ。

って、何も予想してなかったけど・・・あんまり、興味もないし。

ところで、非常駐の役員=専門部長は、明日の常任中央執行委員会で確認されます。

青年部長は、もちろん鉄平なんだけど、後継者対策部長は・・・!?

それは、明日、発表されまするぅ。

新部長、新たな1年、宜しくお願いしますm(__)m

2012年3月25日 (日)

桜はまだつぼみだね

子どもの頃は北海道にいたので入学式=桜って感覚はまったくありませんでした。

北海道でも道南、日高地方のサクラの開花はゴールデンウィーク明けだから、お花見ってことも経験ないし(もちろん、子どもだし)。

東京にきて、しかも何かとお酒の好きな組織である東京土建で働くようになると春は分会総会や定期大会・・・そして、お花見はどうするか、って話になります。

東京・杉並の善福寺川沿いにはたくさんのサクラの木があって、地域ごとに組織されている分会がお花見やるからきなよ、って若いころは誘われ・・・青年部の仲間とともにギターと組合の旗をもって、分会をはしごしたこともありました。

善福寺川沿いでは近所に住んでいた由利徹さんも毎年、お花見してましたねぇ。

由利さんは、五日市街道沿いにある、三休(さんきゅう)っていうラーメン屋さんで毎日のように、チューハイ飲んでました。三休さんの餃子やネギ味噌ラーメンは美味しいっす。

話を桜に戻し・・・東京では、子どもたちの入学式にあわせて桜がバッチリ咲きます。

小学校の校門にはたくさんの桜の木があって、必ず満開になる。

ちょっと時期がずれても桜の花弁が舞い散って、これもまたキレイです。

今年は寒い日が続いたこともあって、桜の開花は例年よりも遅れるそうですね。

今日は小学校の校庭で練習する、サッカークラブの今年度最後の練習日。

先週開催予定だった6年生とのお別れゲーム大会がありました。

最後に対戦したコーチ陣と6年生のゲームに呼ばれ、2か月ぶりに走りました

しかし、ゲーム終了後、息子の同級生のゆうちゃんから「洵パパ、おとろえたねぇ~」と言われ、否定もできず・・・

くーっ、あそこでもっと走っていれば・・・と、後悔ばかりが脳裏をよぎります

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小学校の桜は?というと、まだつぼみの状態。

入学式は4月6日だから、あと約2週間弱で満開になるかな?

写真は、校門ではなく裏の体育倉庫の影で少々朽ちてきたかなと思っていた木に花が・・・これは花弁の先が丸いから梅か?

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さて、6年生のお別れゲーム大会のあとは、卒業生の親たちからクラブへのプレゼント

試合用の得点板っす。

「ここ(小学校校庭)での試合の時にはたくさんゴールを決めてください」ってなことであいさつがありましたが、となりで聞いていたMコーチがボソっと・・・「たくさん入れられなきゃいいけど・・・」と言ってました

う~ん、それもあるかな?と思いつつ、6年生も無事卒業し、いよいよ洵たちが最上級生っす。

この1年でチームも一人ひとりの子どもたちもどれだけ成長するかな?

サッカー選手としても、一人の人としても・・・

久々BeautifulSunday…

ホントにイィ天気になりました

やっぱり晴天の日曜日ってイィよね こんな日は、やはり、アレですよね。田中☆児さんが頭に浮かんできちゃいます(*^-^) 最近の方は知らないと思いますが思い出す曲と言えば「コノ一曲」しかありません この歌い手さんは「昭和の子供たち」なら知らない人がいない位のビッグネームでして、モノマネ界の大御所○ッチU○ーさんの従兄としても知られています。

“NHK3チャンネル”“チョコボール”で連想するのもコノ人で決まりって程の、時代の寵児だったんですよ(オリジナルも良いです)

朝、自宅を出て本部までで向いました。いわゆる趣味と実益を兼ねる ― 的な配慮でローテを組みました 奥方をはじめ、ドラゴン&ムーン、マコ&みっちゃん(母と近所のおひぃさま)『御一行様』を東京にお連れし、たなはデスクに向かうというウルトラCを用いて素敵な日曜日を過ごします(*゚▽゚)ノ

たなが休部しているソフトボールチーム…今日から大会のよーですね 羨ましさをニジマセつつ、そこは見て見ぬ振り…だって悔しいもん 青年部の少数は目撃した事があるんだけれど、たなはレッキとした野球オヤジ(草野球選手)だったんです

気付けば世間には春の訪れ…

さぁーて、いよいよ新年度 たなも書記のはしくれです 青年部の仲間のために、色々と準備をしなくちゃ~です

2012年3月24日 (土)

駆け込みで引き継ぎ┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~

子どもたちの学校も春休みに入りました。

昨日からの雨が思った以上に続き、小学校の練習はお休み。

中学校の部活は、都立杉並高校との練習試合だったんだけど中止。

2か月ぶりで練習に付き合うつもりだったのに

朝早くからジャージに着替えてたのに

ってなわけで3月もあと一週間。

小学校PTAの地域班の引き継ぎをしていなかったと朝から資料をまとめて、クリアファイルに入れなおし、補助金の収支明細をつくって繰越金を確定。

そして、新年度の班長さんに電話

民:「もしもし?」

静:「・・・・・松井さんからの電話、い・や・だぁ~」

って、そんなに嫌わなくてもいいのにぃ~

そりゃあ、次期の班長は、2人の副班長をお願いした後で、班長は「しずちゃんしかいないんだよねぇ~」って頼んだんだけどね。

まあ、あとはよろしくって、全てを投げるわけでもないし、今年も子ども会では流しソーメンやりたいし

とにも、かくにも3月末まで時間がないので、ザックリと説明して、あとは一緒にやりましょうって引き継ぎ終了っす

そうしないと、今度は中学校のPTA役員の仕事=書記の仕事が迫ってるんです。

入学式は4月7日、この日までに作らなければならない資料が、たくさんある。

つくったら、印刷→封筒に入れるってのもあるから、前倒してすすめる必要があります。

まさに書記の仕事

大好きっす

分かる?書記の仕事ってのは、会議などの前に、会議がスムースに進行できるように、会議もイメージしながら、や・る・の。

常に「このあとは、なにを準備するんだっけ?」ってね。

それは労組もPTAも変わらない。

でも労組の書記ってのは、それだけじゃあ、ダメだねぇ

その答えは、新年度の担当書記会議で・・・って、いつやるか?

今じゃ、ないです。

2012年3月23日 (金)

剛ちゃんの勇姿をどうぞ

忘れていたわけじゃあ、ないんだよ

でも、すっかり後回しになってしまったみたいで・・・ゴメンなさい

ってなことで、3月18~19日(日)に開催された東京土建第65回定期大会の全体会議で支部青年部の被災地支援の取り組みについて報告をされた、東村山支部の三輪剛くんの勇姿をどうぞ!

0001

緊張していましたが、堂々としたものです。

立派でした。

動画で見たい?見たいでしょ。

ちょっとだけど、様子がでてるのでこのチャンネルへどうぞ

それからっと、どんな報告をしたかってもの見たい?見たいでしょ

それでは、以下の文書ファイルをダウンロードしてください。

「20120318_higashimurayama.pdf」をダウンロード

さらに・・・この報告の要請をした際の東村山支部のまっすんこと増田書記のレポートは、東村山支部青年部のブログを見てね。

それにしても・・・本部大会で青年部の活動を報告するってことは今までなかった‘快挙’です。

ほぼ、1か月前にお願いし、最初はドッキリかと思っていた剛くん。

ホントにありがとね。

この経験は、ずっと先に必ず活かされます。

その時は、‘組合の’立派な役員になってると思うけど・・・ヽ(^o^)丿

恐ろしき通知表

昨日は小学校の修了式。

そう、恐ろしき通知表が配付される日です。帰宅後・・・

民:「どうだった」と聞くと、親のPCに向かってyou-tubeでアニメを見ていた生意気な洵は・・・

洵:「ふつう」と答える。

民:「ふつうってなんだよ

洵:「良くもないし、悪くもないまだ、だれにも見せてないんだけど」

民:「ふ~ん、どれどれ・・・」と通知表を開くと・・・ああ、ふつうだ

図工、家庭科、体育・・・この3教科が良くなっていて、あとはあまり変わらず。

信じられないが、「身の回りの整理整とんができる」が、‘もう少し’から‘できる’になってる

民:「Y山先生はやさしいなぁ~、このあいだのテストの結果なら、こうはならないと思ってたけど・・・」などと言いつつ、6年生になったらだれが担任の先生になるんだろうねぇ~なんて話をしました。

ところで、今までは絵を描くとか、あまり好きではなかった洵なのですが、最近では自由帳のオリジナルのキャラクターなんかを描いてます。

図工の成績が軒並み‘よくできる’になったのは・・・これかも?

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糸ノコを使って作ったオブジェ?・・・テーマは「上と下」ってなんだ?

洵:「だって、○○と○○って題名をつけることになってるから・・・」

民:「だったら、月みたいなやつと下の方は黒くして、光と影とかがカッコイイんじゃん?」

洵:「う~ん、それ、いいね」って、オイオイ。

聞くと糸ノコの扱いは「自分は神」だそうで、すいすいと作業がすすんだらしい・・・。

普通の子は、ノコを怖がるけど、洵がそうではないのか・・・

実は建具職人の祖父の血が開花し始めているのか・・・

民としては、藤田和日郎氏の「月光条例」を思い起こしたのですが・・・

いずれにしても、このガチャガチャな息子も4月からは6年生。

我が家の小学校生活もラスト1年です。

入学式では、新入生を案内するってことで・・・

民:「それって、ついこの間、やってもらってたことじゃん

洵:「うん、そーだねぇ

子どもたちの成長は早いっす。

2012年3月22日 (木)

チームメイトとの再会から一年…

石巻工業高校の甲子園が終わりました。震災の街からやってきた球児らしく、あきらめない!気迫を前面に出したプレースタイルは、野球を知っている人から観ても、野球を知らない人から観ても印象に残るものだったと思います

先ず、日本中の興味を引く中、立派に相手を務めた神村学園高校(九州・鹿児島代表)に心から拍手を送ります。あなた達は立派でした アルプスに陣取る神村学園の応援団もまた快哉です 先ず、彼らが行ったのは石巻工業高校に対するエールからでした。非常に戦いづらい状況の中、男らしく敵役を務めました。大役を果たした彼らに、労いの言葉は尽くせぬほどあります。

一時は4点差を跳ね返し、5-4と逆転したものの、最後は5-9の敗戦でした。

2011.3.11から石巻工業高校の野球部(部員の7割が被災したそうです)のメンバーが揃ったのは昨年の3月22日だったそうです…。この時、その一年後に、夢の甲子園で試合が出来る事を誰が予測できたでしょう?

クラスメイト、チームメイトの安否を気遣い、登校してから作業に次ぐ作業… あの日の震災から練習が再開出来たのが40日後というから、当時がどれだけ大変な状況であったのか想像に難くありません… 途方に暮れ、涙し、打ちひしがれた事でしょう。

あきらめない街・石巻…その力に俺たちはなる

今日、第84回選抜高校野球大会二日目第三試合 ― これは野球という名のゲームだけでは決してありません。この国には、まだまだ将来を託せる立派な若者が沢山いる事を、国民に知らしめた日 ~ と、たなは強く思っています この先、大きな幸せがきっとある…たなも、信じる事が出来ます 君たち若者がいるかぎり大丈夫

青年部をみられる事に感謝です

2012年3月21日 (水)

生涯最大の2分20秒…

おはようございます

おかげさまで、我が後継者対策分科会も無事に終了…色々な想いを込めて、2012年度の方針を確認してきました 復興支援に向けて…我々の想いを、第84回選抜高校野球大会「選手宣誓」に代弁をお願いしたく、全文を掲載いたします

日本中の政治家、官僚、そして私たち組合に携る仲間のみんなに聴かせてあげたい、とっても立派なヨドミない選手宣誓でした

ケガレナイひたむきな姿が胸を鷲掴みです…

がんばろう東京土建 この想い 届けよう被災地へ

~宣誓~

 東日本大震災から一年…日本は復興支援の真っ最中です。

 被災された方々の中には、苦しくて心の整理がつかず、今も、当時の事や

 亡くなられた方を忘れられず悲しみに暮れている方が沢山います。

 人は誰でも、答えのない悲しみを受け入れる事は、苦しくて辛い事です。

 しかし、日本が一つになり、その苦難を乗り越える事が出来れば、

その先に、必ず、大きな幸せが待っていると信じています。

 だから日本中に届けます。

 感動・勇気、そして笑顔…みせましょう、日本の底力・絆を。

 我々高校球児が出来る事、それは全力で戦い抜き最期まであきらめない

 事です。

 今、野球ができる事に感謝し、全身全霊で正々堂々とプレーすることを

 誓います。

 

平成24年3月21日  宮城県石巻工業高等学校野球部主将

                阿部 翔人

2012年3月20日 (火)

そんな想いとはウラハラに(-_-メ)

う~ん、大会の、しかも分科会に臨む想いは前記事に載せたとおりでして、そのために大会の夜は、夕食をそそくさと済ませて、お風呂にも入り、さあ、早く寝るかと部屋に戻りました。

しか~し、そんなことはおかまいなしに・・・義兄であるタカさんから「のみに行くよ~」とが入り、さらにはこのブログの管理者KY氏からも「タクシーに乗って○○って店の名前を言えば、つくから」とのが入る。

タカさんのメールはスルーし、KY氏には「俺にとっては明日が本番だ!」と強く伝える。

前後して、いつも相部屋となる清水ボスもプラコップ片手に酔っ払って戻ってきて、「おまえはこれからどーするつもりだ!」と目の据わったお説教

どうする?ってのは、これから飲みに行くとかじゃなくて、この先の役割をどう考えてるのかって話

民:「どーするも、こーするも、なるようにしかならんでしょ。上もつかえてるし・・・

謙:「おまえは、そうだからダメなんだ・・・(ギャー×3…エンドレス)」

そして、そのまま、くつろいでいた布団をうばわれ、就寝。

もちろん、その状況はこんな感じをご想像下さい。

まあ、んなこと言われたって、なるようにしかならんのよ、と思いつつ、いなす民なのですが

誘惑に負けることなく早く寝た翌日は、いよいよ分科会本番ってことで早起きして、着替えて、食事して、そのまま会場である別ホテルに徒歩で移動したのですが、朝からみんな、眠そうな顔

そして、昨晩メールをスルーした兄・タカさんが会場係で誘導してたので・・・

民:「昨日、飲み行ったんだ」

兄:「いったさー、そしたら、Yがベ~ロベロ。おかげで酔っ払えなかった。」

民:「(・_・)エッ....?」

兄:「だって、Yさぁ~、お店のお○えちゃんの○ッ○○、××××だもん」

民:「・・・・Σ( ̄ロ ̄lll)・・・」

そのY部長、会議場に姿をなかなか見せず・・・本人のいないところで、いろんな情報が飛びかい・・・前青年部長の奈良くんは、「Yさんが靴を間違えて履いていった」とか、元青年部長の大田くんも「Yさん、まだ浴衣姿でしたよ」って、ホントかよ~ヽ( )`ε´( )ノ

会議開始前に会場入りしたY部長でしたが、そのあとすぐに、兄・タカさんが会議場に入ってきて、一発

兄:「はい、Y部長、昨日の○ッ○○パブのおつりねぇ~

って大きな声でお金を渡して、帰って行きました。

もちろん、聞こえてる人たちは大笑い(ノ∀`)・゚・。 アヒャヒャヒャヒャ

Y:「そんなとこ、行ってないよ~

と、言ってもあとの祭り・・・

民:「松井の昨年度の経過報告の前に、Y部長の‘昨日の夜の経過報告’だな」

Y:「だから、行ってないって

しかし、兄・タカさんの悪さは続くわけでして・・・会議も2時間ほど経過したころ「後継者の追加資料」ってが送られてきました。

それがコレ

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あーあ、何やってんだか、この人は┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~

この写真を見せた同じM支部のヤスくんは・・・「いや~、Yさんこのあとからがひどかった」だって。

さあ、いよいよ組合も新年度のスタートだよ。

来週には新しい任務分担も発表されるかな。

ふう~、どうなることやら・・・ε-( ̄ヘ ̄)┌

大会を終えて想うこと

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東京土建の第65回定期大会が終わりました。

何度か紹介しているように、昨年の定期大会は3月13~14日(日・月)に予定していましたが、3月11日の東日本大震災、12日の長野県栄村での地震発生、頻繁に続く余震・・・津波警報・注意報も解除されず・・・。

参加者の安全確保を優先し、大会は一週間の延期。宿泊はせず、都内で1日開催。

よって専門部の分科会もありませんでしたので、しっかりと方針を議論する場がありませんでした。

そして、そのまま5月まで部会はなく、1月から5月までの4ヶ月間の空白が生じました。

もちろん、毎月の中央執行委員会はあるのだけれど、文字、文書だけでは伝わらない。

部長たちに集まってもらい、言葉で伝え、受け止めてもらう。

このことがホントに大切だと感じた1年間でもありました。

本部の専従役員となって今年で10年目に入りますが、新たな専門部を担当して、1年後に迎える大会は、これまでの方針と到達点を確認しながら、やっと自分の方針(もちろん、みんなで議論したものですが)を打ちだすことができる場なのですが、1年のブランクを経て、やっと大会分科会をおこなうことができました。

なかなか伝わらないだろうけど、専門部を担当するものとしては、大会の全体会議よりも分科会をどう運営するかが気がかりで、コンディションも整えておきたい・・・そんな‘構え’を持って臨んでいます。

※もちろん、書記としての裏方仕事が‘好き’な民としては、係の間の‘すきま’を埋めたり、あとで指摘されやすいような対応(来賓の受付から控室への誘導とか、わがままな御用聞き・・・etc)は、コソコソとやっているのですが・・・。

何年か同じ専門部を担当すると余裕もできますが、後継者対策部は2年間担当してはじめての分科会。

泊まり会議の2日目の午前中の会議、若手が中心の会議でいかに眠らせずに運営するか、そして、何を持ち帰ってもらうか・・・その想いはつきません。

3時間半あまりの会議もメリハリよく提案し、こまめに休憩をとって運営することで、なんとかなるとは思っていましたが、みんな眠いはずなのに集中してくれてました。

ホントにありがたいっす。

議案の提案をしてて、あらためて思ったのは、別に熱はこもってないけど、青年部の指導・援助のとこ。

文章は本部担当書記時代の約10年前に書いた議案から引用したりしたけれど、自分でもビックリするくらい、サラサラと言葉が出てくる。

当時は議案を書いても提案は役員だから、自分では提案してないんだっけ・・・と想い返し、やっぱ、この分野はライフワークっす。

ところで、1日目の全体会議の際に大会案内版の各支部からの参加者名簿を見て、民と豊さんが知る過去20年くらいの本・支部青年部役員がどのくらい参加してるかをチェックしたのがこの一覧表です。

申し訳ないけど、名前だけで見てるので、年代が間違ってるかもしれないし、支部で活動していた人もいるかもしれません。

また、たまたま、この大会に参加することができなかった支部もあります。調布は青年部出身の役員がたくさんいるから、まあ、たまたまなんだと思います。

でも、ハッキリいうけど、南部ブロックの青年部は本部の青年部大会にも出ていなかったし、いまだにブロック会議が開催されてないから、名前すらも分からないのです。

一方で、どの年代でもコンスタントに支部役員となって大会に参加している支部はたったの3つ・・・目黒、杉並、そして東村山。

分かる人は分かると思うけど、伝統的に青年部が大切にされている、青年部員を大切にする支部。

そして、青年部の活動を知っていて、育成できる役員・書記がいる支部だと思います。

年代で空いた穴は、後継者対策部が主体となって同年代を組織するのですが、これからは年代に穴をあけないことも同時進行しないと同じことの繰り返しです。

こんなことを支部の担当書記時代からずっと言ってる気がする。

ちなみにひさしぶりにブログを更新した、東村山支部青年部は‘未来につながる青年部づくり’がスローガン。

早いなぁ~、もうメーデーのデコレーション製作に入ってるよ。すげえっす。

2012年3月19日 (月)

熱がこもるぜ…

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65回大会の「本番」とも言うべき『後継者対策分科会』です!看板に恥じない中味です。昨晩〜明け方に及んだ「夜だ!大人の分散会」の疲れをものともせず、驚く程、居眠りの数が少ない(極数人いるけど…)です!

デビュー戦と言えど、自分の勝手シッタルフィールドで民ちゃんもエンジン全開です(o^-')b

左、青年部活動への指導・援助方針のくだりで熱弁の民ちゃん!右へ後継者対策部長のジュタカさん(たまにメガネのおっさん)です。その隣の奈良ちゃん…前青年部長…今日の午後、本部常任中執の任を正式にバトンタッチ(新青年部長ペーテツに)の予定です。最後の担当常任中執としてのお仕事です!奈良ちゃん、ホントにお疲れ様でした!

卒業式と言えば思い出す(-_-メ)

ふと気付くとこのブログへのアクセスが6万件を突破いたしました

昨日から開催されているであろう(出張なので、実は土曜の夜に書いています)定期大会までに突破するかな?とは思っていましたが、土・日の低アクセスを除けば、ホントに多くの皆さんに立ち寄っていただいて、さらには励ましや共感のコメントもいただいて、管理・運営をする者としてはウレシイ限りです

さて、前記事の卒業式の続きですが・・・昨年・一昨年の小学校の卒業式では祝辞を述べなければならず、とりわけ、昨年はいろいろと考えました。

原稿は用意するのですが、ステージに上がり、ポケットから原稿を出し、いざ、祝辞ってなときになると・・・普段から自分の書いた文章やレジュメを見ないで話をする習慣が出たり、感情が入ると手刀が繰り出される・・・と、まあ、そんなことがありまして、用意した原稿は活かされません

それは昨年も同じなのですが、あらためて保存ファイルを探して読み返しました。

東日本大震災から2週間後の卒業式・・・紅白幕は教育委員会の要請で自粛。

冒頭に黙とう、といった卒業式。

恥ずかしながら、準備した祝辞の一部を以下に引用っす。

先ほど校長先生もお話をされましたが、2週間前の3月11日、東北地方太平洋沖地震が発生しました。

マグニチュード9.0という日本の観測史上最大の地震によって岩手・宮城・福島から茨城・千葉の太平洋沿岸に大規模な津波が押し寄せ、たくさんの人の命と財産を奪いました。この場を借りて被害にあわれた方々にお見舞い申し上げますと共に亡くなられた方々に心からお悔やみを申し上げます。

被災地では今もなお、こうした体育館や学校などで避難生活をされている方々が24万人以上に及びます。ここ数日のニュースでは卒業式を開催できず、校長先生や担任の先生が避難している子ども達を訪ね、卒業証書を渡す場面がたくさんありました。

私自身、この地震がなければ考えることもなかったかもしれませんが、こうしてここに保護者の皆さん、先生たちや地域の方々、そして元気な子どもたちが集まって卒業式を開催できることが、本当にありがたいことなのだと感じています。

また、水道のコックを上げると水が出る、スイッチを入れると電気がつく、お店に行けば何でも買える・・・すべて当たり前のことだと思っていましたが、そうではないのだと、この地震が気付かせてくれました。

そして、元気でいること、生きていることが素晴らしいことも改めて感じます。

生きるために生まれてきた
生きる人には力が出る
生きることはカッコイイ・・・この言葉は、16年前、1995年1月17日に6400人を超える犠牲者を出した阪神淡路大震災の年に中学校の卒業文集に書かれたものです。地震がなければ生きることがカッコイイなんて思わなかった。

自分のできること、やらなければならないことをやりなさい、ということだと思い直したと当時を振り返り、同級生が神戸新聞の被災者へのメッセージに綴られていました。

今、子どもも大人も、自分たちができることは何か、が問われています。節電はしているし、募金もしたからいいや、ではなく、この地震や津波の被害を忘れることなく、記憶にとどめていくことも私たちができることの一つではないか、と感じています。

う~ん、1年前は、そう思ってたんだぁ~とあらためて確認。

子どもたちへの祝辞だけど、大人へのメッセージでもある。

そして、自分に対する問いかけ・・・「じゃあ、何ができるのか」・・・でもある。

今は、記憶にとどめるだけでなく、被災地に足を運び、自分たちのできることをする。

そして、仲間へとつなげる。

私たちの活動は、すでに次の段階に入っていますね。

ところで、昨年の卒業式の冒頭の黙とうの際・・・静まり返る体育館で「ゲプッ」て声(音)がして、一部で失笑

親だけが分かる息子の声(音)

「あのヤロー」と思いながら、来賓席で怒りを抑え、式が終了し、退場の際に息子を見つけて、目線だけで怒りをぶつける・・・そんなこともありました。

帰宅後

洵:「だってさぁー、もくとうって言われても、なんのことかわかんなかったんだもん」

民:「ゲップぐらいがまんできるだろーが

洵:「みんなは、他の人だと思ってるよ」

って、おまえだろーが

今では黙とうの意味も理解し、先週の日曜の集会の際にも黙とうしていました。

卒業式や黙とうのたびに・・・げっぷのことを思い出すのは、私だけだと思いますが

申し訳ありません。

2012年3月18日 (日)

♪旅立ちの日に♪

昨日は息子の通う中学校の卒業式。

とは言っても息子が卒業するわけではなく、新年度(2012年4月以降)のPTA役員は来賓のお茶出しでお手伝いっす。

そう、1年間の充電期間を経て、新年度から中学Pにデビューする民。

役職は「書記」

今更ながら告白すれば、昨年度、一昨年度と小学校のPTA会長として、近隣校の入学式、卒業式は行かなくてはならず、3年連続の中学の卒業式っす。

でも、式に出るのではなく、完全なる裏方仕事

まあ、2年間の小学校PTAでの活動は活かされるわけでして、町会や商店会の会長さん、近隣小学校の校長先生、地域の育成委員といったご来賓の方々のお顔は知っているので玄関でお迎えして、控室である校長室にご案内です。

朝から雨降る中で、まあ、玄関の寒いこと・・・

そんな中でも生徒会では東日本大震災の募金活動をしていました。

エライなぁ~ もちろん、募金したっす。少々背伸びして、チャリンってならない奴で

さて、卒業式には出席しなかったのですが、式次第には、♪旅立ちの日に♪や民の中学時代も歌っていた♪大地讃頌♪の歌詞が印刷されています。

大地讃頌は・・・♪母なる大地のふところに われら人の子の喜びはある
大地を愛せよ 大地に生きる人の子ら その立つ土に感謝せよ♪

ってな歌詞ですが、う~んこの曲よりも♪木琴♪が好き。

もう、30年ほど前、中学の合唱コンクールで優勝したの。校内のだけど

※大地讃頌も木琴もyou-tubeで検索すると聞くことができます。便利だねぇ~ そのほかにも一日に何度もとか、山のいぶきとか・・・なつかしいっす。

ところで♪旅立ちの日に♪をつくったのは中学校の校長先生だったって知ってました?

その小嶋登先生は昨年の1月に80歳でお亡くなりになりましたが、小嶋先生がこの曲をつくったエピソードというか、きっかけは感動的でした

なんで知ってるかっていうと、昨年の小学校の卒業式のときに祝辞を考えてて、目にとまった記事だったし、テレビでも特別番組の放送があったような・・・。

以下、昨年の新聞記事から引用っす。

1988年に、荒れていた秩父市立影森中の校長となり、「歌声の響く学校」として再生を目指した。「旅立ちの日に」を作詞したのは定年退職を控えた91年。

当時、同中の音楽担当だった高橋浩美教諭(49)から「卒業生に贈る歌詞を作って下さい。歌にしたい」と依頼され、「白い光の中に 山なみは萌(も)えて」などという歌詞を一晩で書き上げた。

歌は同年3月、3年生を送る会で初めて披露され、翌年、音楽教師向けの専門誌に掲載されると、全国の学校に広まった。

秋川雅史さんやSMAPら歌手も歌い、CMソングにも使われた。小嶋さんは退職後、高橋教諭に「すごいことになったな」と話していたという。

一晩で書き上げた歌詞、この歌詞に曲をつけた音楽の先生・・・すばらしいっす。

3年生を送る会の先生方の‘出し物’として歌われた♪旅立ちの日に♪は今や全国の学校に広がり、中学校だけでなく、小学校の卒業式でも歌われています。

来週、卒業式を迎える毎度おなじみ次男坊・洵の小学校でも6年生が歌うそうです。

洵:「6年生の歌、うまいよ」

民:「へぇ~、そうなんだぁ。ところで卒業式の案内ってもらってない?」

洵:「最近もらった手紙はないよ。旅立ちの日に‘入れて’」

民:「入れてって、音楽プレイヤーに?」

洵:「そう、入れて」

ってなわけで、洵は♪旅立ちの日に♪を聞きながら、一人で合唱(今、今、別れのとき~ってな感じ)しつつ、就寝するのでした

おかしいなぁ、前年度のPTA役員は学校評議員だから、お呼ばれするはずなのに・・・。

多分、3学期の修了式のあとに学校の机か道具箱の中から手紙は発見されるのだろうと思う民なのでありました

2012年3月17日 (土)

会場前乗り…

会場前乗り…
明日はいょいょ「第65回東京土建一般労働組合定期大会」です!

組織後継島から、佐藤先生とたなが前泊チームに合流しています(゜▽゜)/

力仕事(積み込み運搬)は生き生き…でも…指先を使う仕事は苦手にするたな…思わず現実逃避っす。

2012年3月16日 (金)

完成しました2(ツー)

本日、朝4時20分に目が覚めました。地震です。

家族は義父母が起きたようですが、二人の息子と妻はまったく起きる様子もなく・・・。

再び寝るのも不安だし、起きられなくなることが予想されるため、そのまま起床。

夕方になって眠気が襲ってきました(-_-メ)

ここのところ全国各地で地震が発生していますね。

昨年の大きな地震から、連日のように続いた余震・・・。

民は北海道出身なので地震にはなれているのですが、小刻みに、しかも揺れている時間も長い地震は正直言って怖いです。

ちなみに、その前々日に起きた地震の際は、お風呂に入って、しばし寝ていたらしく、何も感じなかった・・・これもまた、恐ろしいのですが(-_-メ)

さて、前記事にあるように、青年部の被災地支援報告集ができました。

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表紙はこんな感じで、オールカラーっす。

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民が書いた原稿は表紙裏の「発刊によせて」だけ、あとは青年部の仲間の原稿です。

裏表紙には、第55回定期大会まで青年部長をつとめた奈良さんの原稿をそのまま使いました。

スキャナで読みこんだんだけど、しわが出ちゃったね。スイマセン。

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岩手県出身の船越副主任書記に渡したら、すかさず500円の募金をくれました。

この冊子の活用については、追って青年部の仲間に連絡しますね。

一方、冊子がほしいという方については、今後の被災地支援の財政確保のため、300円で販売致します。

この間、お世話になった方々には、送らなきゃ・・・って思うのですが、それは、日・月の大会が終わり、春分の日のあとになっちゃうなぁ~

それにしても、短期間で原稿を書いてくれた青年部の仲間たち、無理な工程で編集・印刷をしてくれた、あかつき印刷の森くんに感謝です。

そして、この冊子を読んで、「自分たちも何かしたい、何かやらなきゃ」って思ってもらえるとありがたいっす。

原稿書かないと卒業させないって言った奈良くんとゆうたくん。

卒業文集の完成ですよ。

完成しました…

3・11東日本大震災「2011年支援活動の記録」 ― 青年部の復興支援活動の記録冊子が完成し、ダッシュでリーモーが届けてくれましたヽ(´▽`)/

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のツルにさえ汗をたたえて駆けつけたリーモー…詳細は前回の通りです

この冊子の全容は「第65回東京土建一般労働組合定期大会」にて…ってコトになっているので今日のところはのカットで許してね 

実は…この冊子で、民ちゃんとチョットしたタクラミを秘かに抱いております(・∀・)ニヤニヤ 多摩北の番長モリモリをキュウキュウ言わしてテンテコ舞いに陥らせるアレです 定期大会は明後日&明後々日の2日間開催でしてね、2日目は各専門部に分かれた分科会になってるの そこにノコノコ現れるモリモリに民&たなから一閃「コノ冊子ノ読ミ上ゲデ、支部青年部報告セヨ」とキツ~イ仕掛けになっていることは誰も知りません( ̄ー ̄)ニヤリ

サブタイトルも格好良く“忘れない被災地のこと つづけよう支援活動” ― いいでしょ 分科会報告、今年はサプライズが仕掛けられています

誰にも言ってはなりません、ここだけの秘密です

2012年3月15日 (木)

センバツ高校野球…

今月の21日に開幕を迎える「第84回選抜高校野球」の組み合わせが、本日決まりました さぁ、いよいよ球春の到来です

昨年の東日本大震災で規模の大きな被災状況を抱える3県のすべてから、出場校が選ばれました 野球ファンでない人には補足が必要かと思いまして…このことがドレホド大変なことなのかを少々…。

世に言う全国高校野球の代名詞『甲子園』 高校野球の全国大会は主に春・秋に兵庫県にある阪神甲子園球場で開催されるために、このよーな呼称をされています。春の甲子園を通称「センバツ」と呼びます 夏は「甲子園」とダイレクトに表現することが多いです。

これは、出場校を決定する予選の仕組みによるもので、春は地区予選→都道府県大会から6個の地方(①北海道・東北②関東・東京③東海・北信越④近畿⑤中国・四国⑥九州・沖縄)大会の上位チームに21位世紀枠(各地方大会に出場した敗戦高から推薦する)3校を文字通り『選抜』するのです。もう一方の夏の甲子園大会は各都道府県予選(北海道&東京のみ東西2高選出)でおらが代表を1高づつ選びます。

さて、岩手県・宮城県・福島県は、東北地方です。つまり、この県から代表をセンバツ甲子園に送り込むには①各県大会に出場し上位3校に勝ち上がり、②東北大会に出場しなければなりません(゚0゚) 狭き門なのです しかも…これは昨秋の東北大会での成績になりますから、今月開催されるセンバツ甲子園に出場する2県2校は「東日本大震災の年の秋の東北大会」に出場し、厳しい環境で選抜されたチームなのですから驚きです

3校目の石巻工業高校が特筆です。宮城県大会から東北大会に進んだその1回戦目(初戦敗退するのですが…)に、東北大会優勝校にあたりました。結果、21世紀枠での選出にかかり、このセンバツ2日目に登場します

前回、民ちゃんが書いた大越先生の話を含め、東日本大震災に関わるセンバツ高校野球の話題が尽きません この第84回春の甲子園から目が離せないでいるたなでした

2012年3月14日 (水)

インターミッション(ホワイトデー)…

タイトルにある「インターミッション」って語感が好きです

幕間とか休憩時間とかって訳されてます 日頃、携帯メールでもこのブログの書き込みでも意識して『ハートマーク』の類は避けるようーにしているのですが… と言えど、今日は3/14ホワイトデーです

業界によっては色んなオモワクがあるのでしょーけれど、“あるものはある、ないものはない” って唯物論的に考えて、あえて話題にしてみますね

我ら建設産業の若者って、実は筋骨隆々・日に焼けた逞しい体躯・純情すぎるほどピュアなハートを持ち合わせた「イケメンくん」達が沢山います 手前みそ風で申し訳ないけど、“あるものはある、ないものはない” で言えば事実です

さてはて…世に言う「義理チョコ」の「義理」の部分が気に掛ります…先月14日、♀軍達が奮闘して配られたことと思いますが、頂く側の♂軍にしてみるとトラエカタハ二通りです あぁ本命ではないのだなぁ…と、え?くれるの?俺にも ― 的な感じです

そこで、老婆心ながらオヤジたなが仲間に訴えたいことは「どんなに廉価なものや粗末なものであっても、気持ちを込めて今日返せ」なのであります\(;゚∇゚)/ ♀軍が思い切って行動してくれた成果なんですから、♂として応えなければなりません

あぁ、金欠だからこんなモンで ― でも構いません 給料日に補足をすればいーだけの話です 大切なことは「相手の気持ちを汲む心」のみ 『義理に応える男を見せる日』が本日です、金額の大小だけでは決してナイハズです

仲間のみんな、今日本日我らが渡すものは誠意ほかありません ま、アトデイッカ…は危険な発想ですょ 気持ちを返すだけでアナタの株が上がります

― 決して、特定の産業のマワシモノではありませんし、ソデノシタもありませんので念のため…諸君の奮闘を祈る

2012年3月13日 (火)

自分たちのできる再生への後押し

このブログをスタートさせたのが昨年の6月。

前後して被災地のボランティアに行ったりしましたが、それ以前の5月のGWに岩手県宮古市に行ったのが本部青年部書記長のすぐるくん(東村山支部)でした。

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↑その時の写真はこれしか残ってないんだけど、出身の東村山支部では、すぐるくんの被災地での活動報告もふまえて、その後の支援活動について検討したんだよね。

東村山支部では、この間の青年部の取り組みが評価されて、今年は「被災地に行って来い!」って予算もつけてくれたと、先日の集会で剛くんが教えてくれました。

うれしいっすね。

さて、すぐるくんが解体した建物ですが、先週の金曜の夜から故郷・宮古市に帰っていた佐藤正雄さんが、その後の写真を撮って来てくれましたよ。

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↑すぐるくんが解体した壁はきれいに仕上げられ、さらにここは宮古の労働生活相談所として使われることになりました。

なんだか、うれしいっすね。

昨年8月に本部四役が行った宮城県石巻市のボランティアでも・・・

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瓦礫や紙くず(近くに製紙工場があったそうです)にだらけだった墓地が・・・

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10月に行った村山大和の仲間の写真だと墓石は倒れていますが、瓦礫や紙くずはキレイに片付いています。

解体や撤去から今度は復興・再生へ・・・足を踏み出す。

でも、足を踏み出すには、いろんな後押しが必要です。

後押しの一つが国や自治体の補助や助成制度だと思うけど、それが全壊や半壊などの条件によって異なっていく・・・みんな、被災者なのに。

でも、俺たちにも別の後押しはできる・・・その一つが被災地でのボランティアだと思う。

建設産業で働く仲間は、‘腕’=技術・技能を発揮する仕事なんだけど、その技術・技能が発揮できなくても、次につなげることが今は、大切なんだと思います。

いくつかの支部青年部から被災地に行って「こんなふうにしたい」との相談も受けています。

宮古から帰ってきた佐藤正雄さんには「青年部は、石巻にはいつ行くんですかね?」と聞かれました。

もうすぐ、春。

冬の間に考えてきた自分たちができること・・・いよいよ、具体化だね。

3・11行動in東京で・・・(-_-メ)

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東日本大震災から1年となった3月11日の日曜日。

東京・井の頭公園では震災復興・なくせ原発3・11行動in東京が開催されました。

東京土建のブースでは家具転倒防止金具を展示しました。

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民は2005年から2009年まで仕事対策部(組合員の仕事確保だねぇ)で住宅の耐震化促進や安価でおこなうことができるこの家具転倒防止金具の普及の仕事をしていました。

その間に各自治体で耐震診断や耐震改修に対する助成制度がたくさんできたし、家具転倒防止金具の取り付けは、自治体と契約を結んで組合の仲間が対応する支部も増えました。

この展示パネルは当時、静岡県の大石製作所さんから購入しました。

全都の仲間が集まる会議で展示したら、「各支部にも配付して!」って意見が出され、全体で大きな拍手が沸き起こり、「わかりました」と全ての支部に配付しましたよ。

さらに支部では各分会の開催する住宅デーでも展示するってことで、たくさん購入してくれました。

こうしたとりくみが、自治体との結びつきを強くして、近隣住民のみなさんの信頼も得てきたと思います。

思えば、この2~3月ってのは、6月に開催される住宅デーの準備が始まるってことで、毎年たくさんの支部の会議や学習会に夜な夜な出かけてましたよ。

実は、担当が変わってからも「松井さんって、呼べば来てくれるのかな?」って声をかけられることもしばしばあるのですが、「いやぁ~、担当が違うのでそれは内緒で呼んでくださいっ」って言ってます。うれしい限りですが。

ところで、井の頭公園の集会では、もうひとつ、被災地支援のとりくみとして日本酒や銀河高原ビールの販売、それだけじゃさみしいので、その場で鯵を焼いて食べてもらおうと電熱器も用意しました。

それがまあ、食べ物の香りとか酒ってのは人を引き付けるものでして、家具転倒防止金具の展示よりもにぎわってしまった次第。

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「高尾山にトンネル掘るな!」と天狗にふんしたこの方もワンカップ片手に鯵を食べ・・・。

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わが社のみなさんはテントの裏で・・・こりゃピクニックだわい。

集会の様子は葛飾支部青年部足立支部青年部のHPを見てください。

この記事のカテゴリ・・・東日本大震災関連にはできないわ(-_-メ)

2012年3月12日 (月)

昨年の今頃…

「おぃ、誰かテレビつけて来い」ボスのS次長に言われ…

グラッと来てから落ち着く通常の地震と違い、大きな横揺れが続いた事を忘れらません…「ながい…」揺れるフロアをヒーヒーしながら、夢中でリフレッシュルーム(けんせつプラザ2階:テレビの部屋)に走って行きました

食器棚を閉め、テレビをつけました

2011年3月11日14時46分…当時のたなです。

その後の惨状はどのチャンネルも同じでした ただならぬ光景に言葉を失い、気遣う知人の命は数知れず…大丈夫だろうか

第64回大会の前々日でした。東日本大震災当日、豊島支部のヒラツカさん&マナカさんの埼玉チーム3人で夜中に帰宅できたのも奇跡 でも、翌日はで本部に向かいました。大宮駅は大混乱だったことも鮮明な記憶です 土曜日11時に緊急招集の上「臨時常任執行委員会」、13時から臨時中央執行委員会の開催により、第64回東京土建一般労働組合定期大会は当初の宿泊開催(3/13~14)の中止を決定しました…英断だったと思います、当時も今もそう思います。翌週の日曜日(3/20)の短日開催に向け、連泊しました

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昨晩、報道番組各種にイソシミながら手帳を広げてみたりしたたな…。

涙をこらえて、映像をみて誓いを新たにしました…「やっちゃる

今年も継続して取り組む青年部の復興支援活動…どんなに困難な状況になっても、若い子たちと一緒になって泥にまみれるつもりです

2012年3月11日 (日)

奇跡の実話・・・さんてつ

職場である「けんせつプラザ」で金曜に開催された同僚・唐澤くんの2回目の結婚を祝う会。

新郎新婦のご両親もご出席、ってなことで、ギターを弾いて歌を歌う(一人でじゃないよ)も、ふざけてやるわけにもいかず、まじめに♪乾杯♪とか、やったんだけど、告坂書記長のためってことで、斎藤和義の♪ずっと好きだった♪を演奏し、その書記長は♪ずっとウソだったんだぜぇ~♪と替え歌を披露・・・祝う会なのに・・・いいのか!?

まあ、いいみたい。

ご両親のあいさつもよかったっす。

とりわけ、唐澤くんのおふくろさん・・・なんか、帰郷すると小言ばかりだった母を思い出しましたよ。

自らを反省し、両親が元気なうちに親孝行しろよ、って思ったッす。

んで、そんな会の始まる前に喫煙室で‘ほーっ’でおなじみ?の佐藤正雄さんが・・・

「今日の夜から宮古に行ってきます。市が主催する追悼式に出てこようかと思って」とボソっと教えてくれました。

浜松町から夜行バス・・・故郷で迎える3・11から1年の日。正雄さんらしいっす。

その宮古を通る三陸鉄道のお話が書かれたマンガがコレっす。

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偶然立ち寄ったコンビニで見つけて購入しました。

河北新報や岩手日報のHPはずっとチェックしてきたんだけど、三陸鉄道の話はまったく知りませんでした。

何度も号泣しました。

そして、岩手に足を運んで三陸鉄道に乗りたいって思いました。

あれから1年の日を被災地で迎えることはできないけど、これからもずっと支援を続けたいと思って作っているのがコレ(この間、記事で書いてるけどね)。

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まだ、ゲラの状態です。あとは最終校正だけで月曜に責了(修正完了)です。

表紙の色は変更するけど・・・来週日曜から開催する第65回定期大会の分科会で配付します。

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チラ見せですが、オールカラーっす。残念ながら‘袋とじ’はありません。

今日は井の頭公園で開催される震災復興・なくせ原発集会に行きます。

忘れない地震のこと、津波のこと。

被災地への想いをつなげていくよ。

追伸

前記事のアンサーは、みなさんもお分かりのように事故っす。

現場が杉並区内ってことで、朝一番に飛び出して行きました。

我が家で目を覚ましていたのは次男の洵だけ。洵に理由を告げて現場に直行しました。

不幸中の幸いの自損事故。

車は自走できなくなったものの、傷つけた相手はなく、仲間たちにも大きなケガはありませんでした。

このあと、痛みがでてくるかもしれないんで気をつけてほしい・・・。

痛みが出たらしっかりと病院に行ってね。

2012年3月10日 (土)

とんでもない土曜日

昨日の記事(特に写真)は、あとで削除します。

本日の土曜日は朝からてんやわんやです。

理由はあとでしっかり記載します凸(`、´X)

お昼で終了したかとおもいきや、残務処理がありました。

この代償は高くつくぞ!

あらためて仲間の大切さを身に染みさせなさい。

ってなわけで、ヒントというか、答えの写真のみを掲載っす。

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2012年3月 9日 (金)

民人なぅ…

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今夜は「けんせつプラザ」五階をぶち抜きで『唐沢兄さん&好美姐さん』の結婚を祝う会です!

例によって土建バンドの登場だ!

エースの民ちゃん、愛用のギターを駆って何曲も奏でてます(o^-')b
エネルギッシュな演奏のプレゼント!

※勇気と興味のある方は・・・土建バンドという名の趣味をご覧ください(-_-メ)

よく降るね…

民ちゃんは都連です

月曜日も雨について書いた気がしますが、週末の金曜日も雨降りですね 割りとタイトな日程です…この後は、APのリーモーとの打合せをはじめ、2社からの訪問を受けます 午前中も日暮里へ事業所訪問、じゃ、デスクワークはと言えば、新年度の四役にメモを渡す手はずですが一向に進みません 昨晩の会議の議事録もありました…来週末の集約も残ったまま…ホントにどーしようって感じです。

明日は、各地で支部青年大会が予定されています…新宿、府中国立、小平に西東京、それから村山大和です。配置する四役も今年は新年度の入れ替えがあったので手薄の傾向…ヨナミやモリモリにアオラレ気味の処理

こんな日に“メインイベント” そーです、今夕は賃対の若きエース「唐沢兄さんのご結婚祝いの会」が控えているのですヽ(´▽`)/ たなの請け負った内容を細々と列挙することはありませんが、ペーペーとして背負った役割もある訳で…ヒーッって感じです

どーなるたな…たなの明日はドッチだ

2012年3月 8日 (木)

震災・津波から、もうすぐ1年

久しぶりんに記事を書く、民です

先日、大変見苦しい写真が記事に掲載されてしまいました

いつもこんな顔をして仕事をしているわけではありません

いつもニコニコしています

この顔を見せるのは息子の洵ときよ氏さんだけです

さて、東日本大震災から1年を迎えるにあたって、NHKなどのテレビでは連日のように特集番組が放送されていますね。

それを見るたびに涙する民なのでございます

1年が経過するにあたって、このブログでも振り返ってみようかなと思います

2011年4月6・7日

民は運転手兼カメラマンとして巻田中央執行委員長や清水書記次長らと一緒に宮城と福島に行きました。

現地の建設の組合にお米や丸ノコなど、車につめるだけの支援物資を持って・・・当時はガソリンの流通もままならなかったのですが、現地ではやっとスタントに「ガソリン入荷しました」との看板が出ていて道路も渋滞するようになっていました。

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しかし、津波の爪痕が生々しく残る宮城県(写真は移動の途中に撮影)

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現地の組合役員の方々の案内なので、通常は入ることのできないところも案内されました。

どこに行っても絶句するだけ。言葉がありませんでした(写真は福島県相馬市)。

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子どもの頃、海岸のテトラポットで遊んでましたが、テトラポットが転がるなんて・・・自然に逆らうことはできないと想いました。

2011年6月10~12日

組合では4月の下旬から4泊5日くらいで岩手県大船渡市へのボランティアを派遣していたのですが、6月からは宮城県石巻市へ2泊3日の週末ボランティアをスタートさせるというので、「きよ、行くぞ!」と半ば強制的に石巻に行きました。

結果としては、このことがのちの青年部のボランティアにつながったと思います。

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到着した翌日は、民家の床下からヘドロをかき出す作業。人数が多かったし、作業が素早い組合員さんが多かったので、午前中で終了。

午後からは魚町のヤマトミ水産に行ってヘドロのかき出し作業にあたりました。

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その翌日、午前中は、大工さん2人は民家のヘドロかき出しに行き、午後から保育園や公園の周りの側溝のヘドロ出しだった私たちと合流。

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ネコ(一輪車:現場をネコのようにちょろちょろするからネコっす)にたくさんの土のう袋を乗せられ、‘書記テスト’っていじくられるきよ氏さんです。

2011年8月6~8日

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8月に入り、西多摩支部青年部では岩手県大船渡市に出向き、子ども向けの工作教室を開催しました。

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西多摩支部では、震災発生後から地元の医療機関の要請をうけて、被災地に支援物資を輸送するなど、支部独自のとりくみをすすめてきました。

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つくる楽しさ、難しさを伝えたい・・・そんな想いを胸に・・・たくさんの仲間で行きました。

2011年8月5~6日

時を同じくして本部青年部による1泊2日の弾丸ボランティアツアーを実施。担当書記のきよ氏さんと葛飾支部の山屋書記も参加しました。

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炎天下の宮城県石巻市・・・1日中、墓地の清掃にあたる本部青年部の四役のみんな。

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いくら袋に(ガレキを)詰めても詰めてもなかなか減らない・・・のちにもらったタツくんの感想にはそんな言葉が書かれていました。

2011年10月9~10日

本部青年部の仲間が行った8月の石巻ボランティアには、別ルートで村山大和の大矢くんと担当書記の森田くんが参加していました。

そして、彼らはさらに仲間に呼びかけて10月にも石巻市に向かいます。

仮設住宅でのバザーのお手伝いです。

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このときは、タクちゃんこと部長の荒井くんや本部厚生文化部長の大田さんも参加したことが発覚(内緒にしてたらしい・・・)。

以前、仕事対策でお世話なった宮崎さんも一緒だったのね。

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2か月前に清掃作業にあたった墓地。

墓石は倒れたままですが、ガレキはきれいに片付いてるよ。

この写真だけでも仲間のがんばりが報われます。

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一方、日和山公園から見たガレキの山は、以前にもまして高くなっていました。

2011年11月23日

11月になって3つの支部で被災地に支援物資を届けています。

そのひとつが葛飾支部。担当書記の山屋くんは、8月に本部青年部の石巻ボランティアに同行しました。

今回は、地元の新日本婦人の会に冬期の支援物資の輸送をお願いされて、青年部の仲間と再び石巻に向かいました。

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雨の降る中、物資が濡れないように運ぶ二人。

物資を届けたお宅で・・・自分たちが東京土建の組合員であることを伝えると、「東京土建さんはスゴイ。以前、ボランティアで来てもらった時、床もきれいに張り替えてくれた。うちもやってもらいたいっていう声が多くて大変だった。さすが、職人さんは違う。」

と、現地の方に感謝されたそうです。

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私たちのとりくみはつながっている・・・そして、今後もつなげていく。

そのために今、仲間のとりくみと想いをこめた冊子をつくっています。

本部大会には見せられるように・・・少々お待ちください。

2012年3月 7日 (水)

これから国会に行ってきます…

なんだか春の兆しが感じられてきましたね…

今日は清水さんも民ちゃんも宅調(自宅でレジメ作り諸々)で、組織島は組織部だけです と言うのも後継者対策部のたなはこれから国会行動に出掛けます

「只今国会です、こんな感じです」的に“なう”を写メで送ろうかとも考えましたが、とりあえず、先に書き込みをしていこうと思います(基本、“なう”は民ちゃんのカテゴリですしね)

昨日の夕方、青年部の復興支援報告集のネタが集まりまして、無事にAPのリーモーに提出出来ましたヽ(´▽`)/ タカちゃんとモリモリの訪問があり、色々と会議にイソシんだたなその間も民ちゃんはコツコツと恐ろしい量の校正を入れてました

それを見たモリモリ「スゲェ格好いい出来じゃないッスか」と気色ばむ出来栄えに、あぁリーモーもいぃ仕事するし、やっぱ民ちゃんってゴイスだ ― と思いました 名ばかり担当書記のたな…出来る二人を見守るだけで昨日はほとんど報告集の作成に関しては出番はありませんでした

歳をとった最近、童謡「春よ来い」が好きになってきたたなでした こちらは意外や意外、ヨーロッパの人達からすると名曲との誉れ高い方です(ユーミンのオリジナルの方はね、載せたのはたなの趣味の方ですが…)

2012年3月 6日 (火)

あかつきの超特急…

タイトルは往年の我が国の短距離選手のキャッチコピーです 今回のテーマにはなかなかのネーミングじゃないかな なんて思ってます それは何故かと言うとですね…

~昨年度の、青年組合員の要求によって行動した経験をまとめ、その中身を知ってもらい、青年部で取り組んでいく復興支援事業に理解を頂きその上で、今年度もあらたな復興支援ボランティア・支援活動に取り組んでいきます。被災地に対する青年部活動は、私たち組合員が組合の「外に対して」出来ることを建設産業の担い手として、広く社会に貢献していく取り組みの端緒としていきたい…その足場づくりの年と位置付けて活動していきます。~ 

 のおカタイ文章は「第55回定期大会議案」の今年度の運動方針から抜き出したものです!!(゚ロ゚屮)屮 そう、我が出来る上司の民ちゃんは“せっかくの仲間の想いをつなげて行く”ことの重要性を誰よりも強く感じ・強く訴えていける男 その想いの一端をホンの少しでも汲んだつもりの部下たな 

復興支援ボランティアの報告集をつくって仲間に知らせるんだ の民ちゃんの熱意を文章にし、議案に反映させたのが上の文章ってワケ

 思い立ったらグイグイ突き進む民ちゃんに共鳴したのが、AP(あか○き印刷)のリーモーです。~単価をこれ位で・~3週間であげろ…数々の難題を民ちゃんからもらいながらも、イヤな顔ひとつせず「分かりました」と応えるリーモーの背中にプロフェッショナルの魂を観ました(/□≦、)

 素晴らしい出来栄えの校正用のゲラをチェックする民ちゃん 

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う~ん…リーモー、グッジョブ(*^ー゚)b
 

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ナ~ニ撮ってんだ、コラッ…は余禄(キャー怖い
 

青年部活動ってこうやってミンナに支えられています。仲間のみんな、報告集の出来栄えをお楽しみに 第65回東京土建一般労働組合定期大会(ごうちゃんのデビュー戦)がお披露目の日(Xデー)です 頑張れリーモー 頑張れ民ちゃん 今日が〆切だ

 

2012年3月 5日 (月)

月曜日の雨…

う~ん、週明け早々の雨ってナンだか落ちるなぁ

とは言え、業務の内容が変わるワケではないんだけれど(゚ー゚;

今日、3月5日は四役・新年度は書記次長のタツくんのHappyBirthdayだったりしちゃいますヽ(´▽`)/ たなの上司の民ちゃんは、実に驚くほど同僚はもちろん、かかわる組合員さんのデータに詳しく驚いてしまいますw(゚o゚)w その辺が無頓着なたな…コッソリ尊敬しちゃってるのです

大人になると、自然、遠のいてしまうソノヘンのコト…でも覚えてもらっていて残念なコトはなく、むしろ、「えっ」的な嬉しさの方が多かったりするンだよね いつも不手際なたなのフォローをしてくれてるタツくんは思いの外、シャイだったりします

青年大会の片付けや精算やモロモロに追われてはいますが、新年度は始まった青年部…今年は、業務はもちろん、細やかで温かな行動を心掛けようと、密かに思っています。謙遜気味に民ちゃんは「土建のペー(林家ペー&パー子のコトを指してます)だから…」と言いながら、たなをはじめ色々な人の誕生日に「あっ、この日は」「あっ今日は」って感じでホントに凄いです……(ノ゚ο゚)ノミ(ノ _ _)ノ

どーでもイィよーなコトと片付けてはいけない部分かなぁ…と、あらためて自身のイタラナサを感じてしまうのでした

あ、そうそう ― 雨と言えば「雨上がりの夜空に」がたなのフェイバリットソングです 曲が始まるまでも興味深いシーンがありますし、大病の合間のステージです ~こんな夜に…♪ドゥットゥッのリズムで突き上げる両の拳がカッコイイ曲です 是非、雨上がりの夕方や、雨上がりの夜の帳を思い浮かべて聴いて下さいね

この偉大なアーティスト、実はチャン奈良の高校の先輩だそーです あらためて前部長の奈良王子の凄さも痛感しちゃいます

2012年3月 4日 (日)

久々の週末…

どれくらい振りなのか記憶もないけど…久し振りに、家で土日を過ごすことが出来ました しかも、体調悪で金曜日を振休にしたので、「あぁ…家庭っていぃなぁ」感に浸ることが出来ましたヽ(´▽`)/

まず、新鮮な驚きは…たなの日ごろは四役のコたちがメインだから、第一に男臭い世の街を行く度に、見受けるカップルを横目に「く○っ」「いぃなぁ」等と呟く事が日常でしたので、腕を組んでくれる女性にクリビツ…たなにとっては警察も同然のオクサマだったりします

お米を突きに行ったり、廃品回収の段ボールを括ったり、桜もちを買いにアチコチ探したり…ちょっとづつ、家庭人としてのリハビリを行います(゚ー゚;

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見る人が見れば分かると思うんですが…伸び放題に伸びた髪の毛も切ってもらいました たなは同居のお袋(マコさん)さんが何でも出来るので、嫁いでから十余年、床屋さんに行ったことがありません(・∀・)イイ!

今日、日曜日は息子ドラゴンくんの柔道の大会でした」ってくらいだから、強くはないんだよね(むしろ弱い)、でも、それだって何年も続けてくれると、ツイツイ応援しちゃう

とにかく、食っちゃ寝クッチャネしてたこの週末…やはり、家庭人としては何もせず放ったらかしの落第夫&落第パパ&落第息子(/□≦、) 少し考えちゃうよね…よし 心入れ替えて家族にも尽くさなきゃって毎度のコトながら決意はするんだけれど、「今度こそ」だね

白樺湖なう

白樺湖なう
町会青年部の日帰りスキーで長野県は白樺湖にいるよ。晴天、快晴、ゴーグルいらず。汗ばむくらいっす。

2012年3月 3日 (土)

うちわの話

思った通り前記事にきよ氏さんのコメントが入りました。

同じ年だし、詳しいだろうなぁーって。記事にしても素敵なコメントっす。

さて、そのきよ氏さんは、高熱を出して昨日はお休みっす。

清水ボス曰く「知恵熱じゃねえか」と、言ってましたが、そのボスも1日の夜に開催された故清水正彦副委員長をしのぶ会に出席し、そのあとも飲んだくれたようで2日の書記局会議の進行はグダグダでしたよ。

さて、3月18日に開催される第65回定期大会に向けて、日々準備をすすめていますが、早速東村山支部から全体会議の報告が送られてきましたよ。

いやぁー早いっす。

さあ、剛ちゃん、準備は整いましたよ。

あとはあなたの気合っす。

同時に・・・青年部の被災地支援のとりくみを冊子のまとめるって作業をしてます。

もっと早くすすめればよかったんだけどね、毎月×2、イベントがあって、準備に追われてて結果的にあとまわしになっちゃった。

でも、青年部の四役も石巻にいったことが発覚して急きょ原稿を書くことになった元青年部長の大田タカちゃんも民の依頼に‘快く’?応えて原稿を書き上げてくれました。

そして、この冊子の企画を「うちの担当じゃないけど、あなたにお願いしたい」と依頼したあかつき印刷のもりりん・・・上ともかけあってくれてなんとか大会に間に合うようにって工程表を出してくれました。

ホントにみんなに感謝っす。

まあ、原稿は入れたのであとは編集→校正→責了→印刷ってことだけど、どうなるかなぁ~納得いくかなぁ~

この冊子のでき具合も剛ちゃんの報告にからんでくるからねぇ。

あと2週間がんばるッす。

そんな準備をすすめながら・・・来週の金曜日が同僚・唐澤くんの2回目の結婚を祝う会でして、そこで歌を歌うことになっている民は昨日の夕方、歌のボスである溜口さんと徳森さんと中野サンプラザのスタジオを借りてお歌の練習っす。

雨の中、ギターケースをビニールで梱包し、原チャリで中野サンプラザへ。

結論・・・新たに歌う歌はダメ。

どうにもこーにもダメです。

しかし、なんで結婚を祝うのに斎藤和義のずっと好きだったの替え歌なのか、そのまま歌えばいいのに・・・でも高くて声でねぇし。

じゃあ、結婚を祝うから今度は長渕の乾杯・・・これは歌うだけならいいんだけど、ギターがままならない。

う~ん、やっぱり溜口さんオリジナルの‘俺の目の黒いうちは’が一番しっくりくるぅ。

2月の集会のときから溜さんがハモるんだよねぇ。

スタジオでは音がいいけど、うちの会館の音響だとどうかねぇ。

ともあれ、今度の金曜日がお歌の披露っす。

私としては、長渕のおいらの家までが結婚式を盛り上げるにはいいっす。

でも両親も来るって言うし、♪女好きはおいらの悪い癖、でもあーそびなんかじゃないよー♪って歌えないか。

ちなみに16年前の私の結婚式で青年部員がこの歌を歌いました。

♪わかぁってるさ、君の兄貴(タカさん)が賛成してないのはねぇ~♪

                  ~略~

♪女好きは、民ぞうの悪い癖、でもあーそびなんかじゃないよー♪

彼のおかげで覚えた歌はたくさんあります。

ごめんよ涙の即興替え歌。

もう、絶対に披露してはいけない献身の替え歌。

実はすべて、彼の作品っす。

2012年3月 2日 (金)

がんばる姿を見せたい・・・監督の想い

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雪の1日から一変し、昨日は暖かな陽気

っていうか、1日会議だったんだけど、道路の雪はほとんどとけちゃった。

昨日は自転車で通勤。雪解け水が跳ね上がるだろうとスーツは着ないで出勤し、着替えて会議に。

天気予報では凍結に注意なんて言ってたのでビビってたけど、ガリガリに凍らなくてよかったよぉ。

一方、今日は午後から雨になるとのこと・・・そのあと凍らなきゃいいけど・・・。

さて、朝から某新聞日曜版の1面には「ん、だれだっけ?」と思う写真が・・・紙面をめくるとこの人でした。

←大越基さん。ダイエーホークスの選手だったんだけど、今は山口県で高校野球の監督をされているそうです。

そして、今年の選抜大会に出場する。

野球ネタは相棒・きよ氏さんの得意とする分野なのですが、素敵な記事だったので朝から自宅でスキャンして載せました。

プロ野球選手から大学に入って勉強し、高校教師にそして自らの原点である高校野球の指導にあたる。

これだけでもスゴイことなのに選抜大会に出場・・・今年の大会は見なきゃ、って思う。

そして・・・彼は宮城県は七ヶ浜町出身。東日本大震災の津波によって大きな被害を受けたところです。

昨年4月、地元の建設組合の方に案内されて七ヶ浜に行きました。

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↓大越監督にとって選抜出場のもうひとつの意味・・・故郷・宮城や東北の人にがんばる姿を見せること。

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岩手・大槌高校の監督がチームに話をしに来てくれて・・・話の後、監督にノックを頼んだらスーツ姿で汗だくになって打ってくれた・・・。

こんな記事を読んで朝から号泣しました。

東日本大震災の発生からもうすぐ1年。

遠くから被災地のことを想う人がたくさんいる。

熱い想いを胸にがんばっている人たちがいる・・・あらためて感じさせてくれた記事です。

2012年3月 1日 (木)

必ずいる「雪が降る」を口ずさむ人…

サルバトール…アダモと答える人はロマンティストで歌謡ファン

サルバトール…サンチェスと答える人はボクシングファン

不思議だね、雪の降る日って必ず誰かが口ずさむこの歌 つまりは民ちゃんも「60’s」って訳だね( ̄▽ ̄)

たなは民ちゃんと年は近くてもレッキとした「70’s」なのよ たなと民ちゃんの勤務する建物には「お掃除する人」がお二人います(♀&♂) とっても素敵な方々で、たなの話し相手でもあります。オジサマの方は、たな同様“熱烈なカープファン”で、オネェサマの方は控えめで素敵で優しくて美人です しっかもメガネが超似合うの

先日、雪の日にこのお二人が口ずさみお仕事してました 「雪が降る~♪(♂)」と切り出すと、遠慮しがちではあったけど「~あなたは来ない♪(♀)」とっても心温まる印象的なシーンだったので、忘れっぽいたなも記憶しています

さ、とは言え…民ちゃんが頑張って進めている「青年部~復興ボランティア報告集」の原稿が〆切りなの 皆から回収しなきゃ…って作業くらいは協力しないと行けないねぇ

民ちゃん、夜遅くまでミンナ頑張ってますょ ペーテツはひとみちゃんと、ルースグ&ユータは自室で原稿に向かっています そう、彼らを担当する鬼の編集はたなデンデス

「先生、早くウチの原稿お願いしますよ も、はダメですよ」 ― これから添削に入るたなでした(*゚ー゚*)

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