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2013年3月31日 (日)

花冷え?アツアツ?

なんか、桜も散り始めてるのに、寒い。

花冷えだね

昨日が最後の練習試合でした、なーんて書いておいて、今日31日は、最後の練習日なんだけど、昨日の夜から雨が降ってたし、「こりゃ、ダメかな?」って、思いつつも早起き。

一応、やってて行かなかったら後悔する!と思って、朝一番で学校に行って、練習やってることを確認し、洵を起こす。

なんだかんだ言って、昨年の暮れ以来じゃないかな?ゲームに参加したの

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桜の花びらが散ってきて、ラインが見えなかったりして・・・

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4年生から6年生までを混ぜて、3チームに分けて、コーチも入り、10分ずつのゲーム。

2ゲーム続けて、10分休む。その繰り返しだから、45歳のおじさんには厳しいっす

それでも、大人げなく、走りこみ、ゴールを決める(たまたまですけど)。

そして、「これで、心おきなく、卒業できる~」って叫ぶ

卒業するのは息子なんだけどね

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練習が終わり、6年生の何人かに在校生に向けて話してもらいました。

突然だったので、みんな少々緊張気味だけど、笑みがこぼれました。

民はというと・・・お世話になったコーチのみなさん一人ひとりにお礼を言って帰ってきました。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

と、まあ、ここまでは「東京土建青年部のささやき」を管理している民ぞうのお話。

実は、昨日、御徒町でパーティーがありまして、きよ氏さんともどもお呼ばれしていたのですが、若い仲間の結婚パーティーだし、祝電を贈ってお祝いの言葉を添えましょう、ってことでご遠慮させていただきました。すいません。

その様子をきっと誰かがフェイスブックで見せてくれるだろうと思っていたのですが、今日になって、岸書記長がアップ。

う~ん、岸はいい仕事するよ、って、それを勝手にここに載せる民

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いいねぇ~、新郎、新婦のお二人 

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ケーキを食べさせるのね 

↓んで、この写真だよ

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う~、この写真は小さくして、大きくならないようにしたよ。

おめでとう!時ちゃん、かおるん。

まっひも一緒に末永くお幸せに~

ここは、花冷えじゃなくて、アツアツっす

2013年3月28日 (木)

支部青年部大会の次は・・・メーデーかな?

3月ももうすぐ終わりだね。

この間、各支部の青年部では定期大会が開催されていますよ。

そんな報告をちょうだいな、ってしなくても、今やフェイスブックでみんなが写真をアップしてくれるので、その様子も分かってありがたいっす。

いくつか、ご紹介いたしましょう。

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↑3月10日に開催された西多摩支部青年部の大会。

終了後?みんなで記念撮影っす。

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↑同じく3月10日の杉並支部青年部の大会。

澄くん、花粉症?手前のティッシュ、今気づいたよ(;_;)

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↑その翌週の3月17日の本部定期大会の鉄平部長の寝顔はオマケっす。

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↑鉄平部長の地元、江東支部青年部の大会は3月23日でした。

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↑そして、3月24日は足立支部青年部。

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↑同じく24日の中野支部青年部の大会。

ってな、具合に各支部ともに1年間の活動を総括し、新たな1年の運動方針や役員を決める定期大会が終わりました。

いよいよ、4月。

組合としては、春の拡大月間ってことになりますが、青年部は5月1日のメーデーに向けて、デコレーションの企画・製作って課題がありますね。

こちらの方も早くからブログやFBでその準備状況が出ていましたよ。

すごいなぁ~、って、思ったのがこちら↓

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西多摩支部はね、仲間からメッセージを集めてこれらを貼り合わせたりして、なんかつくるんだって。

このメッセージは400枚以上集まったの。

すごいよね。

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↑そして、江東支部青年部でも部会の後にメーデーの打ち合わせ、ってもうなんか具体的になってるんじゃないのかな?

そんなわけで、支部の青年部大会が終わり、この4月はメーデーのデコレーションだね。

連日、大変だけど、たくさんの仲間を集めて、自分たち自身が納得のいくものをつくってねぇ~。

2013年3月27日 (水)

チョット春休みっす

本日、前記事で登場した、全建総連の3・27生活危機突破中央決起集会。

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だったのですが、私はお休みをいただきました、(*_ _)人ゴメンナサイ

集会は、 賃金・単価の引き上げで若者が入る建設産業をめざそうのスローガン。

ジュタカさんのFBには・・・若い世代が、「夢」「希望」が持てない様な産業では建設産業に未来は在りません」って。

その通りっす。ご苦労様でした。

一方、お休みをいただいた私は、朝から息子を起こし、花粉まみれで汚い車を運転して、一路、山梨県は河口湖へ。

キャンプでもバーベキューでもなく、昨年も行った、U-14、U-13対象のジュニアユーススプリングカップin河口湖。

すでに中学生の息子はいないにもかかわらず、行くことになったのは、この3月当初におこなわれたPTAの慰労会で・・・顧問のS先生から「今年もぜひ来てください!」と言われ、現役サッカー部のママたちからも「車に乗せてって」って言われてたから。

2、3日前に「どーしますか?」ってメールしたら、「自分たちで行きますぅ~」ってママたちが言うので、どうするか自問自答したのですが、先生との約束もあるし、春休みの次男坊は毎日、パジャマ代わりのスエット姿のままで1日を過ごしているし、去年はトレシュー持って行かなかったからボールも蹴ることができなかったし・・・ってなことで、行くことにしました。

早くに到着したため、コートでは小学生が練習中。

んじゃ、すぐ近くにある、なるさわ富士山博物館でも見よう!って、洵と二人で行きました。

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外には外国産の石が展示されています。

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中に入るとティラノサウルスがいるの。ちなみにここは入館無料っす。

おー、すげーって二人で館内を回り、水晶やアメジストの原石が何百万って金額で売られている事にビックリ。

博物館内のお店は売店っていうより、アクセサリーやら、お金持ちの方々がご自宅に飾るような豪華な石が売られているの。

店員さんが、水晶の原石のなかでも透明度の高いものを持たせてくれたんだけど、なぜか、鳥肌が立つ。

ん?って、もう一度持ってもゾワゾワってする。

これがパワーストーンか!?って感じでしたよ。初体験っす。

ところでサッカーの方は、午後1時から試合ってことで、12時くらいからメンバーが出てきて練習開始。

お、やってるね、なんて遠くで見ていたら、顧問のS先生に発見され、先生が走ってきました。

「ホントに来てくれたんですね、ありがとうございます」って、こっちの方が申し訳なかったっす。

んで、試合。

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相手は、両国にある日大一中。

FWが迫力があって、先制されたんだけど、取り返し、また入れられて、取り返す。

そんな感じで勝利(試合は50分=25分×2ね)。

去年はビデオ撮影してたんだけど、風が強くて「ビュービュー」って音をひろっちゃってダメ。

今年は、子どもがいるわけじゃないので、コンパクトなカメラのみ持参。

でも、一眼レフじゃないので、どうもダメ。

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だから、撮影は洵にお願いしました(これは携帯電話で撮影っす)。

午後3時から別チームが試合をして、今日は終了。

私と洵は、すぐ近くにある、富士眺望の湯ゆらりでひとっ風呂浴びて、汗を流し・・・「車に乗せて」来るはずだった、ママ2人を帰りは車に乗せてきました。

中学生たちは、明日、明後日と試合が続きます。

試合も楽しいだろうけど、今日・明日の夜も楽しいと思うよ。

あっ、宿泊は、20年ほど前に東京土建青年部が秋の活動者会議で使っていた富士緑の休暇村なの。

いろいろあって、出入り禁止?になりました。

FBで富士緑の休暇村にいますって写真を出したら・・・「あなたも出入り禁止では?」って、杉並支部の縫村さんからコメントが来ました。

あなたも私も、ジュタカさんも、もう、時効っす ┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~

2013年3月26日 (火)

仲間の想いを軽く扱うなっての凸(`Д´メ)

定期大会が終わって一週間余り。

人事異動もあって、あわただしい毎日。

給与計算の関係上、今日付で新たに本部に異動されてきた方々もいる。

ってなわけで、本日は引越し・・・ι(´Д`υ)アセアセ

机の上、中、後ろのカウンターに積みあがった未整理のままの書類(いや、ただの紙かな?)を片付け、パソコンも移動する。

自分のだけじゃ、申し訳ないので、ぐるっと3台、サクサクと移動して、机の下にもぐってコンセントを入れなおし、すぐにでも仕事ができるようにする。

そして、移動は完了したのですが、放置してきた未整理の紙類を仕分けして、ほぼ捨てる。

こういうのは、担当が変わったときにしかできないの。

だから、捨てる。

しかし、すべては終わらなかった(ρ_;)

んで、大会後にやろう×2と思っていたのに、できなかった被災地支援活動の報告集をとりあえず、宮城県労連の小玉さんに送る。

昨年は、このブログ活動を通じて交流させていただいている、仙台市内にお住まいの「あめさん」にも住所を聞いて送ったのですが、そーいえば、引越しんたんだな、と思いまして、躊躇。

あめさ~ん、送りたいのでよろしかったら、新しい住所を教えてくださ~い・・・(* ̄0 ̄)ノ。

てなことで、時はさかのぼること、3月9日、我が東京土建の上部団体である全国建設労働組合総連合=全建総連の「復興支援と災害対策を考えるつどい」が開催されました。

私は行っていないのですが、連日このブログにコメントをくれているジュタカさんが行っているはず。ジュタちゃんてば、タブレットもったから、サクサクとコメント入れてんでしょ。

って、そんな話じゃなく、その3月9日の様子は、目黒支部青年部のブログにも出ていたので、勝間田後継者対策部長も緊張しながらがんばったんだろーなぁ~って思ってたの。

うちの定期大会の分科会でも会ったから「ご苦労様」って声もかけたら、「むちゃ×緊張しましたよ」って言ってたよ・・・。

で、今日になって全建総連のホームページでもアップされてるかな?って覗いたら・・・(゚Д゚)ハァ?

とりくみ全体の記事はまあ、いいでしょう。

しかしね、各組合からの報告はPDFで要約って、これでいいのかよ、このページは、「全建総連が、こういう取り組みしましたよ」って、紹介するだけか?

被災地支援のとりくみってさ、もっと仲間の想いがこもってるんじゃねーの( ゚皿゚)キーッ!!

たのむぜ、TQ教宣部長、勝手に要約されちゃ、支援活動に取り組んでる仲間の想いが伝わんないよ。

この時って、NDNのYくんもビデオカメラ持って取材では?

このHPの運営は、おなじみのAPでは?

まあ、いずれにしても管理者の問題だけど、こりゃねーぜ。

仲間の想いを軽く扱わないでよ凸(`Д´メ)

2013年3月23日 (土)

卒業式が終わって・・・私も担当卒業っす(T_T)

昨日は次男・洵人の卒業式

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すでに学校の桜は満開状態

例年だと入学式の頃に花弁が舞い散っているから、ホントに今年の開花は早いってことです。

10時から開会。その前の9時45分までに入場を、って案内。

9時40分ころに到着すると、いつも子どもたちを見守ってくれている守衛さんが「大学生のような恰好してキリっとしてましたよ」って言ってくれました

そして、体育館へ。

卒業式は、2010年、2011年とPTA役員として出席して以来。

そう、東日本大震災直後の卒業式・・・。

その話は、卒業式と言えば思い出すをご参照ください

10時からはじまって、11時15分には式が終了。

卒業生は44名だから、少ないの。卒業証書の授与、祝辞、在校生とのやりとり(門出の言葉)、♪旅立ちの日に♪の合唱・・・あっという間の卒業式。

職場に戻らなければならないので、卒業生が退場する前に退席しました。

で、そのあとの様子は、妻のカメラからいただきました。

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このブログにも時折登場した秀くんと一緒に。

「海外でプレーしていたい」って、15年後の将来の語る秀。

一方、うちの洵ときたら・・・15年後は、「昔に戻りたいと思っている」って、コラコラ

この二人は、保育園からずっと一緒です。

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↑卒業式ではカチンコチンだったみんなも式を終えていい顔になっています。

父は、その上履き洗いも卒業だよ。

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↑担任のヨネ先生こと米山先生とのツーショット。

もう、ワイシャツ出してかっこ悪いし

笑わないので、ほっぺをつねられてる

↓そして、正門前でのママ(スナックのとかじゃなく、洵のママね)とのツーショット。

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この2枚の写真は、クリックしても大きくならないよ。

怒られるし

ってなわけで、息子・洵人も無事に小学校を卒業っす。

卒業式を抜け出して、職場に戻ったのも訳がありまして、新年度の役割分担=担当部署(案)が発表される会議があるからです。

事務所に着いたのがちょうどお昼。

そしたら、こんなメールが・・・「いやだなぁ」って

ん?と思ったのですが、それは前記事の動画を見て、「泣けてくるもの流してくれちゃって・・・」と、このブログを見てくれているサッカークラブのママさんからメールをいただきました。

まあ、自分でも作りながら、涙してたので、共感していただけるのは、ホントにウレシイっす。

んで、その動画編集作業を「やらねば!」と、やる気にさせてくれたのがコレっす。

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飲まずに頑張りましたよ。

だから、昨日は3時間くらいしか寝てないの。

午後からの会議はつらかったっす。

ということで、息子たちの卒業式が終わりましたが、私もこの3月末をもって、3年間楽しませていただいた後継者対策部と青年部の担当を卒業する見込みです(最終確認は4月1日の中央執行委員会だからね)。

しかし、情報戦略の担当は変わらないので、そのままこのブログは続けようと思っています。

タイトルは変わるかもしれないけどね。

すでに「松井さんのブログ」って、奈良書記次長にも言われたし

ひとまずは、大変お世話になりました。

今後とも宜しくお願いしますね。

2013年3月22日 (金)

サッカー「仲間」の卒業式に

えー、スマホを購入し、それにうつつをぬかしていたからブログを更新しなかった、ってことではありません。

昨日、帰宅すると・・・・先日の日曜に開催された息子のサッカークラブの6年生の卒業を祝う会で上映するスライドショーのお礼にとたくさんのビールとDVD-Rが届いていました。

早くから依頼されていながら、仕事と同様に切羽詰まらないととりかからない性格があだとなり、2012年の前半の写真しか使えなかったので、スライドショーの最後には「つづく」って入れました。

それでも間に動画も入れたので16分もあり、当日は「スポーツバー」のようにみんなで観戦?したとか・・・

後半は、3月中に完成させて、みんなに届けようかな?って思っていたのですが、ガソリン=ビールをいただいたので、夜な夜な完成させました。

兄・悠が夕食の時「ハードルあがったな・・・」って言うもんだから、まあ、慎重かつ真剣に。

その兄の時(3年前)は・・・パワーポイントソフトで2つ、歌に合わせてアニメーションを駆使して、笑いを誘うものと涙するものをつくったのですが、次男・洵は6年間の写真と動画、そして思い出もある。

6年生の写真だけでも5,000枚以上あって、選ぶのに時間がかかりました。

そして、パワーポイントだと負荷がかかるので、ウインドウズライブムービーメーカーで作成。

トドメじゃないけど、妻が・・・「前みたいに歌で作って」というので、歌にのせて。

では、ごらんいただきましょう、ってことで・・・

ケツメイシ 仲間

歌詞を事前にワードに打ち込んで、コピー&ペーストし、タイミングを合わせていくんだけど、展開が速くて、こりゃ、苦労しました(T_T)

でも、この歌詞の内容がたまらない。

つくってて涙ぐむ。

最後に・・・結果より気持ちだろ オレらに必要なのは

って、入れて、自分自身のメッセージを入れた。

オレもみんなと一緒に6年間練習してきた仲間っていう意味です(^^ゞ

数秒間に想いのすべてを入れることはできないけど、

分かってもらえないかもしれないけど、

それでもいいっす。

と、いうことで、本日、3月22日、この仲間たちの小学校の卒業式です。

結構ね、中学がバラバラになる。

親の仕事の関係で、地方に戻る子もいる。

学校の桜はもう、満開に近い状態。

昨日もらってきた通知表の先生の通信欄を読んだだけでも泣けてきた45歳。

新年度の役割分担が決まる会議があるんだけど、卒業式に出席して、早めに職場に戻ります。

きっと、泣くから(>_<)

2013年3月19日 (火)

大会分科会の支部活動報告をアップしたよ

昨日は、感動をありがとうってなことで、板橋の分科会報告のことを載せましたが、その報告文書も含めて4つの支部からの報告っす。

まずは、板橋支部の東日本大震災復興支援活動と子育て世代向けイベントについて

これは昨日も記事に書きましたが、須賀さんの報告はホントに感動的でした。

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「09.pdf」をダウンロードしてください。

続いて世田谷支部の組合員結集のための企画っす。

う~ん、こういう視点もあるのかぁ~と感心しましたよ。

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「18.pdf」をダウンロードしてください。

さらに、狛江支部の若手の台頭を促す子育て世代イベント報告です。

牧岡さんの報告は、ユーモアにあふれていてよかったっす。

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「35.pdf」をダウンロードしてください。

そして、東村山支部のXmas night partyの取り組みです。

ココでも記事にした内容ですが、報告してくれた佐藤書記に感謝っす。

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「37.pdf」をダウンロードしてください。

さて、3年間にわたって、後継者対策部を担当させていただき、ありがとうございました。

いよいよ、今週末の会議で新年度の担当が明らかになります。

が、もう、いろんなところで話もされているので、言っておきます。

民は後継者対策と青年部の担当からはずれると思います。

だけども、青年部の仲間や後継者対策部の仲間と離れ離れになるわけではありません。

10年前、本部青年部の担当書記から国保に出向することが決まった時の仲間のつどいで「青年部活動は自分のライフワーク。書記でいる限り、ずっと関わりをもっていきたい」とお話ししました。

その想いは今も変わりません。

この3年間でその想いは、よりいっそう強くなっています。

それは、青年部だけじゃなく、子育て世代の仲間も含めて、ホントに多くの仲間といろんな活動をしてきたから。

加えて、被災支援活動もここでやめるとか、関わらない、ってことにはなりません。

それこそ、ライフワークとして、青年部や後継者の仲間と一緒に活動していきますよ。

ってなわけで、具体的な役割分担は、来週発表っす。

2013年3月18日 (月)

たくさんの感動をありがとう

日・月と開催された我が東京土建本部の定期大会。

大会開催中に仲間のみなさんがフェスブックに写真をアップしてくれたので、壇上にずっといなければならない私としては、大変ありがたいっす

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モニターに映る画像から察するに巻田中央執行委員長のあいさつです。

1日目は、全体会議。

委員長のあいさつのあと、来賓のみなさんからのあいさつが続き、そして、書記長の基調報告。

時間が限られているので、基調報告もすっとばしてやるしかないのだけれど、読み込んできた代議員のみなさんからは、素晴らしかったとの感想が寄せられていました。

私もそう思います。

午後4時に近い時間帯からは10~13人程度に分かれて分散会。

そして、午後5時50分に会議が終了・・・

朝7時56分、東京駅出発の新幹線で熱海まで行き、10時15分の開会から、ホントに丸1日会議っす

2日目は各専門部に分かれて分科会。

11会場必要なのですが、我が後継者対策部は、ニューアカオホテルの別館の5階・・・って、遠いじゃん!

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昨年と同様に昨年度の経過報告は、各支部から寄せられた写真をパワーポイントに納めてビジュアルで報告。

そして、今年度の方針を大田部長と分担して提案。

支部からも活動経験を報告してもらいましたが、どの報告も良かったです。

なかでも、板橋支部書記長の須賀さんの被災地支援の報告は、聞いていて涙が出ました。

2011年からすでに6回、宮城県は東松島に出向いている板橋支部。

被災地に先駆けて行った役員が、これは1~2年で何とかなる話じゃない、10年、20年と支援を続ける必要がある。

カンパ活動だけでは絶対に続かないと判断し、支援活動に参加する仲間から参加費を徴収してスタートしました。

そうした取り組みに組合の仲間が「もう、乗らないから」と支部に寄贈したタウンエース(トラック)。年数は経過しているけど距離は乗っていない。

そのタウンエースの整備をお願いした中野区江古田の竹内自動車さん(実は我が家でも車検なんかをお願いしてます)は、支援活動で使う自動車と聞いて「無償でやります」と言ってくれる。

仲間を乗せて行くためマイクロバスを借りたマツダレンタカーの所長が「それなら、私が運転して行きます」と自ら運転を駆って出てくれる。

宮城県に旅行に行った板橋支部のある分会が、鳴子温泉で「東京土建の板橋支部さんには、本当にお世話になりました」と、ビールを1ケース差し入れされる。

山内書記次長が、支援活動を続けるためには、マイクロバスの運転ができないとダメだと、須賀書記長と2人、自腹で免許を取得する(4時間講習で10万円だそうです)。

板橋の仲間と一緒に行った、北支部の役員さんが、自分の支部でも「やろう!」と決意する。

こうした話を淡々とする、須賀書記長。

一つひとつのエピソードに涙をこらえることができませんでした(実は下むいて涙してました)。

そして、同じ城北ブロックの練馬支部の伊藤慶ちゃん(後継者対策部長)も「練馬支部(の後継者対策部)でも、そろそろ本格的に支援活動をスタートさせようと話し合いをはじめた」と発言する。

あまり、目立たず、地味にやってきた活動が、いくつかの支部で花咲きはじめてきた。

もう、これだけで感激です

他の支部の活動報告も後日、アップしますね。

何と言っても感動なのが、大会の全体会議で分科会の報告をしてくれた町田支部の尾花部長。

昨日、3月17日が結婚記念日ということで、一度、町田の自宅に帰り、今日の朝、また戻ってきてくれました。

「家族は大切にしなきゃ」って・・・そ、その通りっす

さて、いろいろな感動をいただいた今回の大会でしたが、仲間たちの様子も紹介しておきましょう

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↑1日目の本会議場で

鉄平部長、爆睡。前日寝てないらしい・・・寝顔がかわいいから、まあ許すか。

↓2日目の分科会。音響ミキサーの影で・・・

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この写真を分科会のあとで発見し・・・(゚Д゚)ハァ? ってシェアしたんだけど・・・まあ、お疲れだよね。土曜から準備で入り、2泊3日だもんね。

昨日の夜も遅かった。部屋飲みで大騒ぎし、苦情がきた(T_T)

私も目覚めたときは、頭ガンガン。

なんとか、乗りきりましたけど。

みんな、お疲れ様でした。

そして、ありがとうね。

2013年3月12日 (火)

今頃見つけた婚活BBQ&婚活Pの写真

今度の日曜日が定期大会ってことで、その最終準備に入っています。

最終準備って言っても・・・1日目の全体会議に出番があるわけじゃなし

午後からの分散会もあんまりしゃべるとよくないので、助言的役割

仕事対策の担当だったころ、産業対策活動者会議の感想文に「しゃべりすぎ」って書かれたことがあるので、もう、最低限のことしか話しません

そう、最終準備は、月曜の午前8時半から正午までおこなわれる、後継者対策分科会の準備っす。

昨年から・・・一昨年は、直前に東日本大震災が発生し、急きょ、延期。

翌週に1日大会になったので分科会はなし。

そうです、昨年から分科会の経過報告は、スライドショーでやっています。

前の日に飲んだくれた若手の役員を対象に、朝8時半からの会議で、会場を暗くして、上映するスライドショーは、少々勇気がいるのですが、まあ、文書を読み上げるよりは、みんな集中して聞いてくれるのでありがたいです。

○○支部が○○した・・・なんて、聞いてるよりは、写真や動画を見た方が分かりやすいもんね。

ってなわけで、各支部からお写真をいただいているのですが、この時期、支部は忙しいので、なかなか送ってもらうことができず、本部にもストックがないかと共有フォルダを探したら、でてきましたよ( ̄ー ̄)ニヤリ

ひとつは、昨年5月に開催された、江東支部のBBQ(バーベキュー)

婚活も位置付けたけど、うまくいかなかった、ような話だけを聞いていましたが、写真を見た感じでは、そんなことないような気がします。

無許可でご紹介

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鈴木後継者対策部長がハンドマイクをにぎり、演説?いや、呼びかけかな?

傍らで書記の実川さんが心配げな顔・・・

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女の子もいて、いい雰囲気じゃないですかぁ~、哲くんもお酒もっちゃって(≧∇≦)

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写真を追っていくと、だんだんと若い男女が集まって、交流している様子がわかりましたよ。

自己紹介とかしたんだね、いいっすよ、こういう感じの雰囲気は

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そして、見つけたおなじみの方の横顔・・・しっかり、いたんだねぇ~部長( ´艸`)プププ

既婚者は、こういうとこじゃBBQの焼き係のはずなんだけどね

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

もうひとつ、見つけた写真・・・

今度は昨年の12月の豊島支部の婚活パーティーっす。

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いきなりですが、誰なんだ!その司会の女性は 

男性の司会は、言わずと知れた、本部青年部副部長の山川くんっす。

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結構、いい雰囲気なんだよね。楽しそうだし・・・で、どうだったの?ってみんな聞いてみてね。

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会場の雰囲気もいいしね。男性12人、女性15人の参加っていうから、男性にとっては素晴らしい条件。

カップルも5組、誕生したんだよね。

と、いうことで、そんな支部の取り組みも含めて、スライドショーを作成してます。

ホントは・・・会議の会場にインターネット回線が通じていれば、スライドなんかつくらないで、このブログでだいたいのことは紹介できるのにぃ~

って、思っても仕方ないので、明日には仕上げます。

あっ、明日は、全国各地で重税反対統一行動、集団での確定申告が実施されますよ。

民も杉並の行動に顔出してから、事務所に行く予定です。

2013年3月11日 (月)

震災・津波・原発事故から2年の日に

震災から2年の日ですね。

2011年3月11日、午後2時46分、あの日のことを覚えていますか?

自分自身のこと、家族のこと・・・

つながらない電話・・・

職場からの帰路・・・

テレビに映し出された映像・・・

繰り返し続く余震・・・

そのあとの計画停電やガソリン不足・・・

お店から電池がなくなり、納豆やヨーグルトもなくなった。

今ある生活が「当たり前」じゃないことを気づかされた日ではなかったですか?

今日だから思い出すんじゃない。

今でも大変な生活を余儀なくされている人たちがたくさんいる。

地震や津波のなかで助かった方々のなかでも、亡くなられている人たちがたくさんいる。

被災地や現地でがんばっておられるみなさんのことを忘れない・・・。

でも、テレビや新聞で報道されるのは、この時期だけのような気がします。

それではダメ。

そんなことを思いながら、今年も支援活動の報告集をつくっています。

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↑後継者対策部は、校正して、青年部にチェンジしますが、今日、最終校正を終えました。

16ページのフルカラーです。大会には配布できるようにします。

この報告集に、震災直後からの石巻での支援活動でお世話になった宮城県労連の小玉さんが寄稿してくれました。

2月に石巻に行った際に、一緒にバスで見学をしたとき、はじめて小玉さんの地震発生時の様子をお聞きしました。

四谷から丸の内線に乗って移動中に地震が起こり、電車は停車したまま2時間。

震災発生後、すぐさま医療機関で働く奥さまがボランティアで宮城入りし、帰京。

「もう、昔のふるさとは残っていないと思った方がいい」とおっしゃったそうです。

そして、ご夫婦で震災後の宮城に戻り、小玉さん自身は、半年間にわたって、石巻の支援センターに寝泊りして全国からのボランティアを受け入れてきました。

そんな小玉さんの寄稿です。

私たちの生活からすべてを奪った東日本大震災から間もなく丸2年が経とうとしています。この震災での宮城の犠牲者は、死者9,534人、行方不明者1,314人、震災関連死812人を含めると宮城県だけで11,660人の方たちが亡くなっています。原発を抱える女川町の当時の人口が約9,500人でしたから、町1つが消滅した事になります。

宮城の避難者数は現在、親類などへの避難者も含めて11万2千人(うち、県外への避難者数は8千人強)となっており、そのなかの多くが県内(一部岩手県)406団地・22,095戸の応急仮設住宅で不自由な生活をしています。(それ以外に、借り上げ仮設住居が約21,400件あります)。とりわけ、特に被害の大きかった石巻市だけでも仮設住宅がなんと131ヶ所に分散しています。

 宮城では、この間、大震災発生直後から「宮城災対連・東日本大震災共同支援センター」を立ち上げ、石巻市を中心にドロ掻きのボランティア、物資支援、炊き出しなどを行なって来ました。石巻市にボランティアセンターを構えていた11年4月~9月の間には、全国の様々な民主団体、労働組合から延べ1万人を超えるボランティアの方々に駆けつけて頂き、津波で操業を停止した冷凍工場での腐った魚の処理や、床下のヘドロ掻きなどの作業をして頂きました。このボランティアには、東京土建からも書記局始め、青年部、現場の組合員さんなど大勢の方に駆けつけて頂き、専門性を活かした家屋、ブロック塀の解体や、津波で甚大な被害をもたらした広大な墓地の再建などボランティアの先頭に立ち奮闘して頂きました。

また、災対連・共同支援センターが支援物資の提供も含めて行なってきた「炊き出し&なんでも相談会」は19回を数えます。これまでの来場者は11,800人にのぼり、毎回多くの被災者から感謝の言葉をいただきましたが、逆に被災者が力強く生きている姿に、行動に参加したスタッフが励まされる場面が多数ありました。仮設住宅入居者への訪問・聞き取り活動では、「復興のスピードがあまりにも遅い」など行政への不満が多く聞かれます。復旧・復興遅れの要因として自治体職員の不足が挙げられます。行財政改革と広域合併による県と市町村職員の削減が今回の震災では各自治体に大きな困難をもたらしました。(宮城全体では震災前の5年間で4,600人の削減が行なわれた)早急な職員の増員を求めて取り組みを強化していく必要があります。災対連として国や県への強力な働きかけを続けていかなければならないと思います。

 震災から2年近くたちガレキは片付き、少しずつ一歩ずつではありますが、街は綺麗になりつつあります。先日、東京土建本部書記局研修を宮城で開いて頂き40名程のみなさんに、被災地を視察して頂きました。ガレキを撤去するようなボランティアはありませんが、このように被災地に足を運んで頂き、被災地でお金を使ってもらい、現状を見て、「被災地の今」を伝えて頂く事がいま求められていると思います。

 引き続き、東京土建のみなさんの支援をお願いし、今後とも私たち宮城県労連と協力して頂ければ幸いです。

     宮城県労働組合総連合(宮城県労連)事務局次長 小玉高弘

原稿をいただいたのは知っていたのですが、読まずに来ました。

今日、この日、きよ氏さんとあかつき印刷の森くんと3人でこの報告集の校正を終えました。

そして、あらためて仲間の想いを読み込みました。

今年は何ができるか分かりませんが、基本は変わりません。

現地に出向いて、自分だちができることをする。

それだけです。

そして、亡くなられた方々に・・・合掌

 

2013年3月10日 (日)

時間をかけてしっかり議論して~

中学校の卒業式が16日。

小学校の卒業式が22日。

いよいよ、今週、来週と卒業式っす

と、その前に17~18日が東京土建の定期大会がありまして、組合的には新年度を迎えるわけです。

そんな年度替わりの時期ですが、週末に体調を崩してお休みしていた息子のランドセルから連絡帳を探していると、出てくる×2、様々なお手紙

そのなかで、小学校PTAの運営委員会の報告書を見つけ、少々気になっていたことを確認。

ガガーンΣ( ̄ロ ̄lll)

やっぱり、そんな提案をしてしまったのかと驚愕し、こりゃ、いかんと何人かにしました。

ガガーンの内容は、PTA会費の引き上げ。

しかも、兄弟、姉妹のいる世帯だけ、引き上げるとの案。

金額も1000円をこえるもの。

今現在の会費が2500円なのに、なんで兄弟・姉妹のいるところだけ、プラスするの、それだけお金がかかる家庭だってのに(-゛-メ)

ってことがまず、ひとつ。

そして、そもそも論として・・・PTA会費はある意味で公金。

お金が足りないから引き上げる、じゃなくて、会員のみなさんから預かった予算を活動で返していく、そういう考え方に立つ必要があります。

活動の支出の面では、子ども一人当たり、○○円ってことが多いから、足りない分は兄弟・姉妹のいるところから負担してもらえば?って、考え方は分からなくはないのですが、それは大きな間違いです。

だって、PTAは、払った分のサービスをうけるって、組織や商売じゃない。

だから、利用した人が負担する、受益者負担ということにはなりません。

1年間の集まった会費で赤字になるのであれば、活動の中身を検証して、削ることが必要だし・・・世帯数が減ったことで会費が足りないのであれば、高額な印刷機やコピー機を維持する事も不可能なんだから、そのための積立金も取り崩すこともありうる話です。

印刷やコピーは、学校側と協議して、利用できるようにしてもらうなどの協議も必要です。

さて、いわばピンポイントで兄弟・姉妹のいる世帯の負担が増えるとどうなるのかもシミュレーションしてみました(年数は、自分の家の子どもたちの入学時で記載。今検討されている案が通れば、それだけ負担が増えるということです)。

Pta

兄弟・姉妹のいる家庭は、それだけ長く、学校に在籍してくれるんです。

そこだけに上乗せしたら・・・「PTAは任意なんでしょ?じゃあ、うちはやめるわ」とか、「他の学校は○○だし」って、逆に児童数が減ってしまうんじゃない?

引き上げそのものは、いずれ来るだろうとはPTA役員だった時から思っていました。

少子化だし、近隣校もあるし、世帯数は減っていく。

でもね、引き上げはすべての世帯からの負担が基本です。

だって、公立の義務教育の小学校で、すべての児童、各世帯に対して平等、公平であるべきなのに、なんでPTA会費だけが、兄弟・姉妹の数で上乗せされるのよ?ってことです。

杉並区は就学援助制度の利用が高い区です。

それだけ、所得の低い家庭もある。

国会で生活保護基準の引き下げが出されていましたが、就学援助の基準は、ここに準拠しています。

と、いうことは、対象にならない家庭も出てくる=負担が増える、ということです。

予算がいくら足りないのかは分かりませんが、しっかりとあらゆる角度から、検討をしないと、目先の活動のための予算は組めても、近い将来に児童がさらに減るようなことがあっては本末転倒です。

何のための活動なのか・・・お金の前に考えることがありますね。

って、いうか、その会議に校長や副校長あたりも出てないのかね?

こんなこというと失礼ですが・・・教職員は学校にずっといるわけではありません。

だから、そんなに突っ込んで来ないんです。

みなさんが決めてください、ってスタンスが多い。

あとのことは、関係ない、ってなる。

だからこそ、自分たちで、時間をかけて考えることが大切ですよ。

まあ、もう、卒業してしまうので、関係ないっていえばそれまでなのですが、あー、あの時言っておけばよかったよぉ~って後悔するのがいやなので、伝えました。

一番大変なのは、4月以降の新年度の役員なんです。

決める過程にいないから、議論の中身も分からない。

でも、値上げを総会で提案するのは、中身が分からない新役員。

単年度だけの役員で継続性がない。

これがPTAという組織の最大の欠点だと私は思っています。

だから、2年やりましたよ、小学校は。

中学はもう、いいです。

これからは、目立たず、大人しくをモットーに過ごすことを先の会議でも述べてきましたので。

どうなるかな?

2013年3月 9日 (土)

土曜のひととき・・・そして2年に

今日、って言っても、もう日付が変わりそうなのですが、暖かい一日でした。

そして・・・花粉も凄かった

P1000467

我が家の物干しの柵には、文字か書けるほどの花粉。

拭いてもね、夕方にはしっかり付着してるの。

ふぅ~、って吹くとサァーって舞い散る

これが空気中に浮遊して、何かと混ざりあい、そして、目や鼻に入ってくる。

今までもこんな感じで、花粉が飛んでたのですが、今年は飛散のレベルが違うんだね

そんな、花粉の中、次男はアレルギー性鼻炎から、少々軽めの気管支炎っぽくて、咳き込みめずらしく週末は学校を休み、土曜もサッカーのフェスティバルがあったのですが、これもやむなくお休み。

妻だけが当番として、出かけて行きました。

兄は中学サッカー部のお別れ会で交流試合。

ホントは、さようなら原発集会に行く予定だった父・民ぞうは、次男・洵と自宅待機。

じゃあ、お昼はどうする?って、ことになり、冷蔵庫にある材料でパスタっす。

P1000468

朝、仕事に行く前に日テレ見てると、もこみちくんがパスタつくってるでしょ。

昨年の青年部のキャンプでは、ジュタカさんが4種類のパスタとお手製生地のピザをつくったの。

パスタ、かっこよくね?って、感じでこの間、何度かチャレンジしているのですが・・・

味がしない、とか、

塩焼きそばみたい、とか、

FB上では、オリーブオイルはケチっちゃダメ、とか

いろいろ言われてきました。

それでも、まあ、なんとなくですが、要領は分かってきたので、ザックリとつくる。

今回は、昨年12月の出張のときに買ってきて、放置していた「胡椒入り しいたけ茶」で味付けしてみました。

う~ん、これが良かったっす

さて、行くはずであった、明治公園の集会は、1万5千人の参加って報道されていましたね。

インターネット上では、ヘリからの撮影写真も掲載されていました。

でも、新聞社のホームページは、イマイチだね。

河北新報はともかくとして、東京新聞も共同通信の記事だから、一緒のものだったよ。

朝日新聞は、写真も多かったかな?

さて、明日は、原発ゼロ大行動っす。

そして、2年の時が来ます。

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↑河北新報さんのHPの記事に掲載されていた、震災関連死者数・・・。

そんな報道は、東京では聞きません。

私たちが、忘れないって思っていても、忘れさせるような日常がある。

でも、忘れないし、これからも自分たちができることをやっていくよ。

そんな決意をあらたにする・・・3月11日は、そういう日であってほしいっす。

2013年3月 8日 (金)

土・日はさようなら原発大集会~原発ゼロ行動

いや~、今年はじめて花粉に悩まされています(ノ_-。)

先週から目が腫れぼったくなり、今日あたりは、鼻まで来てる感じ。

今は、くしゃみの連発・・・(T_T)

それもそのはず、自宅のベランダの手すりを見ると・・・こんな感じでした(u_u。)

P1000466_2

花粉をなぞり、バカと書く私もバカなのですが、これくらい花粉なのです(p_q*)

さて、そんな花粉の中、明日は明治公園で「つながろうフクシマさようなら原発大集会」が開催されます。

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昨年7月に代々木公園で開催されたさようなら原発集会はすごかった。

明日はどうかな?

詳細はココを見てね。

そして、10日は、原発ゼロ☆大行動もあるからね。

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本部の佐藤正雄さんは、震災から2年を迎える故郷の宮古に帰ろうと思っていたのに、両親がこの集会や行動に参加するために上京するって言うんで、あわててたけど( ´艸`)プププ

日曜の行動は、コチラを参照してください。

そう、3月11日は東日本大震災から2年を迎える日です。

ここ数日、NHKも民報も2年を迎える被災地の様子を伝えたり、特別番組などの予定を宣伝していますが、それでいいの?

FBで香川真司選手のコメントが出ていたの。

以下転載します。

みなさん、こんにちは。香川真司です。
来週3月11日で東日本大震災から2年が経ちますが、2年という時間が経過しただけで、この震災のことは絶対に風化させてはいけないと思います。
僕にできることは、皆さんにサッカーで夢や希望を与えることだと思っているので、チームでも日本代表でも頑張り続けます。
必ずまた東北の皆さんに会いに行きますので、待っていてください
僕は、いつでも皆さんを応援しています!

なんか、これだけで涙が出てきた40歳代後半のオレ(´Д⊂グスン

そう、みんな忘れちゃダメ、そして、自分たちができることをやる。

香川選手は基本中の基本をサックリ言ってるんだけど、胸が熱くなります。

今年は息子たちも連れて、石巻に行くぞ!って、オレと次男・洵との間では計画が進んでいるのですが、兄・悠も連れて行きたいと思っています。

さて、明日は明治公園に行きますよ。

花粉防止メガネ&マスクなのでお会いしても、誰も分からないかもしれません。

花粉との格闘はまだ続くようです(-_-メ)

2013年3月 7日 (木)

立ちあがり、声を上げると変えられる

保育園ふやして・・・杉並のママたちの運動って、記事を見たのが2月23日。

この間、足立でも認可保育園に入れないママたちが異議申請した記事なんかをみてきました。

そして、昨日の東京新聞1面のトップ記事がコレ

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よく見えないと思うので「image214.pdf」をダウンロードしてみてください。

そう、杉並区が緊急対策として認可保育園の受け入れを増やすって記事。

詰め込みが気になるところですが、大きな成果だと思うし、この記事の左下にあるように、大田区でも異議申し立て、ってあるからね、こういう動きが広がっていけばいいと思います。

さらに、昨日の東京土建のFBには、以下のような文書を書いてシェアしました。

60年を超える歴史の中で、私たちの先輩方は、建設職人から事業税を取るな!とみんなで立ちあがり声をあげた。

さらには、「なんで、俺たちに健康保険がないんだ!」と団結してたたかってきた。

それらと同じ、とは言いませんが、今、子どもたちの未来を守るために脱原発や再稼働反対の行動に立ちあがっている人たちがたくさんいるし、こうして、子育てママたちががんばりはじめています。

私たち建設労働組合も「誰かが」じゃなく、「自分たちで」変えよう!って立ちあがったり、声を上げなければならない課題がたくさんあるのではないでしょうか?

立ちあがり、声を上げ、団結してたたかう・・・今の私たちは、先輩たちががんばって、つくらせて、育ててくれた制度を当たり前のように利用していますが、当たり前ではないのです。

子育てママたちのがんばりを私たちも見習わなければならないと感じます。

と、まあ、こんな風に感じるわけです。

もっと、加えると組合の歴史って「不可能を可能にしてきた歴史」だし、その力は、同じ方向に向いた仲間の団結にあると思います。

それはもちろん、組合員だけじゃなく、家族の力もです。

家族、とりわけ建設職人の奥さんたちが、お父さんたちのために毎日、お弁当を持たせて(これを組合的には「手弁当」といいます)、国会に、都庁にって送り出してきた。

その結果が今の諸制度となっています。

俺たちもここらでしっかりやらねぇと、取り返しのつかないことになるじゃねぇか、って、荒井さんや小木さんに言われそうです。

みんなで立ち上がり、声を上げる。

組合じゃ当たり前のことだけど、組合が提案して、動くだけじゃなく、まずはみんなが、どんな風に思っているかを話し合う場が必要だね。

それって、毎月の群会議だし、分会の会議だって、言いたいことを言える会議にしなきゃだね。

支部で決まったことを伝えるのが分会や群の会議じゃないよ。

みんなが思っていることを出し合う場・・・それが身近な組合の会議です。

と、まあ、話が少々ずれましたが、子育てママたちに見習う、というか、あらためて学ぶことがたくさんあるって思います。

うちらも頑張らねばです。

2013年3月 6日 (水)

仲間を増やす拡大月間の準備をしようね

3月に入りまして、支部青年部大会も開催されたり、その準備に追われていることと思います。

書記のみなさんは、連日の税金相談の間に準備しなきゃらないので大変ですが、青年部大会の成功に向けて、たくさんの仲間を集めてほしいっす。

さて、3月の中央執行委員会では、今現在とりくまれている「春一番」の拡大運動と4月からの春の拡大月間に向けて、この3月は準備月間だよ、って提案しました。

具体的には・・・

対象者リストを作成する(春の月間で、すぐに訪問するためにね)

各支部のイベントを含めた独自のチラシとか新聞などをつくる(手ぶらで訪問はできないもんね)

そして、支部青年部大会で選出された、新しい役員のもとではじめてとりくむ課題が、春の拡大とメーデーのデコレーション製作です。

メーデーデコの話は、またあとで書きますが、まずは、仲間をふやすための意思統一をしようね。

それは、大会の時でも、青年部会の時でもいいっすよ。

そのための資料として・・・

Image217_6_5Image216_5


↑こういう討議資料があるから、ダウンロードできるようにしますね。

うまく、並んだかな?

この見開きの面は、「image218.pdf」をダウンロードしてください。

裏面は、「image215.pdf」をダウンロードしてね。

写真を並べてみたけど、ちゃんとアップされるかな?

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

それではもう一つ、今更ながら、こんな写真がきよ氏さんのスマホから発見されました。

そういえば、最後にお願いして、撮ってもらったのでした

P1000464_2_2

でへ 2月24日の仲間のつどいのあとっす。

さらに、オレも×2って、入ってきたのが・・・

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ジュタカさん、デレデレっす

2013年3月 5日 (火)

分会の専門部長の役割ってなんだろう

山下和美先生の「数寄(すき)屋です!」の参(3)巻が発売されています。

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以前にも「時間があったら読んでみて」って、書いたんだけど、今度は時間があろうがなかろうが、建設産業に働く仲間や書記のみんなには読んでおいてほしいっす。

とりわけ、木造在来工法の現場に働く仲間とか、川上から川下へ、国産材に興味のある人は読むべきです。

マンガそのものもいいのですが、山下先生の家づくり(もちろん数寄屋なのです)の設計からコーディネートにあたった蔵田さんのコラムが織り交ぜられていて、そのコラムが深いのです。

書記のみんなも仲間の現場のことは知らないでしょ。

だから、だまされたと思って、一読下さい。

♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:

さて、現在、定期大会を前にして、支部は大変忙しい時期にも関わらず、お願いをしている事があります。

大会の分科会での活動経験報告もいくつかの支部に半ば無理やりにお願いしていることは、あらためてお詫びいたしますが、もうひとつ。

各支部の専門分会の開催状況っす。

すでに終わっていることをさかのぼって、調べてもらうのは申し訳ないのですが、ここからひもときたいことがいくつかあります。

各支部の専門部会が1年間にどれだけ開催されているか(年間で何回くらい部会を開催しているの?)

同時にその部会の出席状況はどうか(いつもどれくらいの人数で部会を開催してるの?)

そもそも各分会から部長が選出されているのかどうか・・・分会数は把握しているので(部長の人数を聞いて判断してます)

と、まあ、こんな感じで一覧表に記載してもらっています。

すでに3分の1くらいの支部から、返信をいただいていますが、ある意味、予想通りの大きな格差が生じています。

格差は、の開催状況=分会から選出された部長が支部に行く機会=「受け皿」のところで大きいし、の出席状況でも毎回1ケタの人数しか集まらないところから、コンスタントに十数人集まっている部会まで様々です。

分会の専門部長って・・・はじめて支部の会議に出席することを義務付けられます。

そして、分会の機関会議(四役会議や執行委員会など)で提案や訴えもする。

支部の執行委員会での提案は専門部会の議論をもとにしている‘はず’だから、とりくみの意義だとか位置づけを分会の仲間に説明もしなきゃならない。

要するに支部と分会を結ぶ、大切な役割がある。

しかし、支部の部会が開催されていなければ、それはすべて、支部の執行委員会に出席している支部執行委員(分会長や分会書記長)がやらなきゃならない。

さらに、分会専門部長って、次の世代の分会四役(分会長、副分会長、書記長、財政部長)になってもらわなきゃならない人たちじゃない?

もう一方で、支部と分会を結ぶ、具体的な役割を分会専門部長に提案しているのかどうか=支部の専門部会の中身や位置づけにも課題があります。

松井が杉並支部にいたころは・・・社会保障対策部だとハガキや署名は、分会の部長が集約して支部にもっていきます。

賃金対策部長は、賃金アンケートを集約(中身はみません)して支部に持参します。

組織部長は、群会議の報告書を組織部会にもっていきます。

と、いったように、「毎月の支部の部会に出席しなきゃならない役割」を持っていました。

財政部会や教育宣伝部会は、それぞれに分会活動費を分会に、機関紙や群会議の話題を分会に持っていかなければならないので、毎月の開催は分会執行委員会前の12日でした。

まずは、支部に出てきてもらうために支部の部会の開催が必須です。

それじゃなきゃ、「出席して!」って言えないよね。

支部の部会で他の分会の仲間とも顔見知りになる。

そして、仲間となって仕事などでも協力し合える関係をつくる・・・部会を開催しなきゃできないね。

また、支部に出てくれば色々なことを学ぶことにもなる。

あれ?これって、青年部と同じじゃね?

そう、だから、青年部員って組合のことをよく知るようになるの。

各専門部会の位置づけ、役割をあらためて高めていかないと・・・人材不足はさらに深刻になります。

と、まあ、こんなことを新年度に向けて準備してます。

2013年3月 2日 (土)

今年も報告集をつくります

3月になりましたね。

昨日は、夕方まで中央執行委員会。

う~ん、こりゃ、5時までかかるな、って感じで進行していました。

今年度最後、定期大会前の会議。

大会に向けて役員選挙の立候補受け付けもある。

そして、夕方からは地元に戻り、中学校PTAの役員&委員の慰労会。

「司会、お願いしますね~」なんて言われていたのですが、ん?司会ったって・・・開会のあいさつ、主催者のあいさつ、校長先生にあいさついただいて、乾杯ってことでしょ?って、メールで確認し、そんな感じで午後6時10分スタート!

2時間ではおさまらず、とりあえず、中締めして、1時間延長。

さらに、別の店に繰り出して・・・帰宅は12時を過ぎていました。

と、いうことで昨日のブログ更新はお休みしました。

はい、いいわけです。

さて、3月17日の定期大会に向けて、昨年も作成した被災地支援の報告集を作り始めました。

すでに各支部のとりくみは、それぞれにオリジナルの報告集にまとめられているので、そこからはチョイスするんだけど、青年部の仲間たちや青年部の先輩である支部の役員のみなさんの原稿を依頼。

江東支部の名越副委員長と鈴木後継者対策部長は、夜中にきよ氏さんのところへ原稿が届いたって聞いて、杉並支部の二人の役員にも昨日の朝、フェイスブックで原稿を依頼しました。

そしたら、二人とも文章を送ってくれました。

杉並支部の縫村(ぬいむら)副委員長からは、短いけど想いの深い文章。

自分自身の事を言えば、単なる傍観者だったと思う。
何の力にもなってません。
言えるとしたら、南相馬でボランティアで片付けに行った家の事。
まだまだ、住めるのに壊されてしまう事。
なのに、おじいちゃんおばあちゃんは笑顔で見送ってくれた。
どんな思いだろうと、感慨深かった。
原発さえ無ければ、再生出来た物が沢山ある。
ただ、不自由の無い生活を送って来た自分も、原発の恩恵を受けていたのだろう。
と、反省してます。
これから、何が出来るのか暗中模索…

Photo

↑南相馬での活動の様子です。

そして、同じく杉並支部の中村書記長からは、あっという間に以下のような文書が届きました。

ざっと感じるのは『生きている』ということだ。
確かに沿岸部は津波の影響で、一年たった今でも瓦礫は積み上げられ、腐敗臭なども感じる。一歩、住宅街に足を踏み入れれば、そこは見た感じ、何事もなかったかのような風景をしている。ただし、それは表向きだけだ。
震災後、一定の住宅改修は行われたそうだが、まだまだ『住む』ことが容易に出来るような代物ではない。床下からはヘドロの臭気が立ち上がり、押し入れの床には、拭いても拭いても塩が浮かび上がってくる。最低限の修繕を行ったところから一歩も先に進んでいない。大手メーカーは建て替え取り競争で必死だし、町場の職人さんでは、人手が足らなすぎてどうにもならない状況のようだ。

 

「いくら払ってもいいから来て!」と言ったって、それほど楽な生活じゃないだろ?!と思いながらも、それほどまでに住む事が容易ではないのだ。

住宅相談をしながらそう感じた。
多くの人たちがそのような状況の中で生活をしているわけだが、先に記載した何事もなかったような風景だけを見て帰っていく行政を操る人達には『表向き』だけしか見えていないのだろう。
そこに暮らす人たちはたくましい。近所同士で、地域で手を取り合って、助け合いながら、明るく生きている。明るいってのが一番重要だ。

  

我々は 何が出来るだろうか?や何をするべきか!よりも復興できるまで何かをやり続ける事が重要だと。
他の地でも出来る原発反対の運動などは別としても。

この二人・・・今は杉並支部の四役ですが、青年部の先輩。

民が一緒に活動してきた仲間です。

青年部を卒業してから、15~17年くらい経つんだけど、すごいよこの二人は。

中村タカちゃんには・・・「職人にしておくのがもったいない」って言っておきました。

そのタカちゃんが新年度からは本部の役員に戻ってきます。

戻ってくる、っていうのは1992~1997年まで、本部の青年部長だったからです。

あれから16年・・・まあ、お互いに年はとりましたが、ただ年をとっただけじゃない。

仕事を通じて成長し、大きな視野を持っている。

そして、人と人とのつながりが大切だと実感してる。

大会以降、また、一緒に活動できるのが楽しみっす。

こっちもがんばらないとね。

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